「それにしても甲冑姿っていうのも珍しいわよね」

 

全員が談笑を交えながら鍋を囲んでいるときに、唐突にアリスがそう言った。

その言葉を受けてか、全員がセシルの方へと視線を向けた。

当のセシルは、流石に食事中は鎧を脱いで比較的にラフな格好になっていた。(まぁ、想像しづらければ、セシルのパラディン状態の鎧を脱いだ状態と思っていただければ)

その横には、鎧が置いてある。

静かにたたずんではいるが、非常に強力な力を発するそれは、かなりの存在感がある。

しかし、それを着ていた人物はハフハフモグモグと熱い鍋の具に太鼓をうっていた。

 

「……美味しいですね」

 

しかも、微妙に視線の意味を取り違えていた。

アリスの言葉を受けて、最初にセシルに聞こえないように小声で返したのは諏訪子だった。

 

「……まぁ、詮索はなしにしようよ。 あんただって、知られたくないことぐらいあるでしょ?」

「……まぁ、ね」

 

アリスはその言葉に言葉少なげに返すと、皿の中身を消化する作業に戻った。

――――だが、アリスの疑問も分からないでもない。

セシル=ハーヴィ。

この男は、絶対に表の世界から来た人間ではない。 現代世界において、鎧・甲冑を身に纏うのは明らかに浮くし、下手をすれば警察沙汰だ。

これが、ただの鎧ならばいくらでも想像はついたが、その鎧が纏う雰囲気は本物。

何よりも、セシル自身からも戦う者の気配がビンビンと感じられる。

ともすれば一番怪しいのは――――

 

(やっぱりあの時のあの妖怪かな? 確か――――そう)

 

「「八雲紫……、!?」」

「どうかしたんですか? お二人とも」

「???」

 

同時にそこに思考がいったのか、アリスと諏訪子はほぼ同時に同じ答えに行き着いていた。

早苗がそのことに疑問を挟むと、一人は苦笑を一人は無愛想になんでもないと返した。

まぁ、彼女達もやはりこの来訪者が異世界のものである、と、行き着いたのだろう。 だが、最終的にたどり着いた思考は間逆だった――――

 

(まぁ、楽しませてもらうかな)

(……また、異変かしらね。 はぁ……)

 

ワクワクする思考を放つものと、これから首をツッコンでくるであろう白黒を思い頭痛を感じるものとに別れた。

願わくば、白黒が馬鹿げたことをしないことを祈るのみである……セシルの装備を盗んだりとか。

それに、彼本人が厄災にならないとも限らない。

 

「それにしても、美味しいね、これ。 出汁が良く効いてるよ」

「ふふふ、そう言って頂けると嬉しいですね」

 

……ほんわかと会話するこの様子からすれば、それも無いか。

なんというか、セシルは完全にまったりモードに入っていた。

――――まぁ、それも仕方が無いだろう。 今まで、カオス側と死闘を延々と繰り広げてきたセシル――――いや、コスモスの側の人間達に訪れた平和なのだ。 セシルが少しくらいまったりとしようとも、誰が攻められるだろうか?

 

「そういえば、あなたこれからどうするの?」

「……? あ、僕か」

「……あなた意外誰が居るのよ」

 

向けられた言葉にすぐには気づかなかったセシルに、少し呆れた様に言葉を返すアリス。

そのときにアリスは確信した。 この男、間違えなく天然だ、と。

セシルはごめんと、苦笑を交えながらも謝り、アリスの疑問に答える。

 

「僕は人里の方へと向かうつもりだけど」

「人里へ? へぇ、てっきりここに残るつもりかと思ってたんだけど」

 

予測が外れた、とばかりに返すアリスに、セシルは苦笑を返した。

 

「流石に女性ばかりのところには、居座れないよ」

「……紳士的なのね」

「あはは、そんなことはないよ。 まぁ、これ以上お世話になるわけにもいかないしね」

 

そんなことはきにしなくていいのにーと、諏訪子があーうーと唸りが返すと。 セシルは苦笑と共に諏訪子の頭を撫でていた。 撫でられている諏訪子はどことなく嬉しげだった。

彼が紳士的なことには、意外と、とは不思議と思わなかった。

セシルの鎧姿を見たときから、優しげな騎士、という雰囲気がどことなくあった。 だからだろうか、アリスはセシルという存在が、紳士的、というのが不思議とすとんときたのだ。

 

(――――そういえば、私達って余り男性と関わりが無いのよね)

 

冷静に考えてみれば、彼女達の周りに居る男性は少ない。 実際、交流があるのは自分の住んでいる魔法の森前の店主だけだった。

そんなことを考えている間に、いつの間にか食事は終わっていた。

アリスもまた、箸を置き行儀正しくご馳走様、と、言葉を紡ぐと、改めてセシルの方へと向いた。

彼女にしては珍しく、人に対して興味をそそられていた。

だが、それはけしてアリスの中にある女性的な部分ではない。 むしろ、彼女の中にあるもうひとつ――――即ち、魔法使いとしての部分であった。

彼の身に宿る、強大な魔力、そして力。

持ち物にしても、どれも強力なものばかりだ。

これで、彼女の中の魔法使いとしての部分が刺激されないわけが無い。 それに、幻想郷に入ってきたばかりの人間だ、右も左も分からない人間を見捨てるようなアリスではなかった。

それに彼女はこの幻想郷の中のメンバーにしては、どちらかといえば良識のある方である。 それ故に、きちんとした線引きもできていた。

だからこそ次の言葉が紡がれることになる。

 

「セシル――――だったわね」

「うん……何かな?」

 

早苗が後片付けをし始めたときを見計らい、アリスは話しかけた。

セシルの返事が返ってきたところを見計らい、彼女はセシルを見つめながら言葉を紡ぐ。

 

「里まで、私が送りましょうか?」

「……え? いや、そんな迷惑じゃないかな」

「迷惑だったら最初っからこんな提案しないわよ。 どうせ、里には明日用があるしついでよ、ついで」

 

そう、明日は彼女が里で、定期的に開いている人形劇の日だった。

その次いでに、連れて行ったとしても彼女にとっては対した労力ではない。

そして、言葉は少ないがどことなくセシルは彼女が自分に気を使ってくれていることに気がついていた。

 

(……ここで断るのは、逆に失礼かな)

 

「うん、分かったよ。 よろしくお願いするね、アリスさん」

「アリスでいいわよ。 私だって、セシルって呼んでるんだから」

「分かったよ、アリス」

 

――――そんな二人を、諏訪子はどことなく生暖かい視線で眺めていた。

この後、諏訪子の発言によってアリスの怒号が外にまで響くことになるのだが、それはまた別の話である。

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