セシルと早苗は、唐突に聞こえた声に目を見開きながらも振り返った。
彼等の視線の先に居たのは、大きな目玉の付いた帽子を被ったあどけない少女だった。
だが、セシルは彼女が見た目どおりの存在ではないことに直ぐに気づいた。
それは、彼の長年――――それこそ、幾星霜というカオスとコスモスの戦いで養ってきた――――勘が彼女が只者ではないことを告げていた。
視線を受けた少女は、セシルの事を物珍しそうに見る。
セシルはその視線を受けて、少し困った表情を作りながらも、少女に話しかける。
「えっと……僕に何のよう、かな?」
「――――あなた、何者なのかしら?」
どことなく大人びたその口調に違和感と同時に、納得を覚えながら、セシルは益々困った表情を深めた。
何者――――それは実際、彼自身が一番知りたいことでもあった。
コスモス――――調和の神に創られたこの身は、その力の根本であるコスモスが消滅した時点で。 本来ならすでに、存在できる筈がないのだ。 だというのに、セシルはこの地に身を置いている。 これはかなりおかしなことである。
セシル自身もそれを知りながら、余り考えないようにしていた。 実際、その答えはあってないようなものなのだから。
それ故に、セシルはその解を持たない。
それをセシルが口にする前に――――
「まぁ、いいわ。 その様子だと知らなさそうだし、何よりあなたの持つ空気は優しいわ。 その身に相反する力を秘めていても、ね」
今度こそ、セシルの目は驚愕に見開かれた。
――――そう、セシルは二つの相反する属性を持っている。
あえて彼のその力にこの地風の名をつけるのならば‘光と闇の境界を越える程度の能力’とでも言おうか。
彼女は、そう言うと早苗のほうを向いた。 そして、今まで纏っていた空気を霧散させると――――
「あーうー……早苗〜、お腹すいたー」
今まで、彼女の雰囲気に緊張を保っていた早苗は、その言葉で思いっきりズッコケた。
「す、諏訪子さま〜……」
脱力するその様子に、少しばかりの共感を受けながらも、セシルは苦笑をした。
なるほど、これが普段のこの少女らしい。 と、どこか違和感があったのに納得しながら。
早苗が肩を落として、台所に入る様子をぼうっと見送り、少女――――諏訪子は、セシルの方に向き直りながら言った。
「あなたも今晩はここで食事を食べていくといいわ。 こっちに来たばかりだと、何かと大変でしょ? あ、それと、自己紹介が遅れたけど、私は洩矢諏訪子、ここで神様やってるんだよー」
その年齢相応の言葉を受けて、セシルも苦笑しながら言葉を返した。
「……あ、うん。 僕はセシル。 セシル=ハーヴィ。 よろしくね……って、神様?」
「うん、これでも、土着神の中では一番えらかったんだから」
えっへんと、(ない)胸を張る諏訪子に、セシルは苦笑を返した。 とてもそうは見えないが、隠してはいるが彼女から感じるこの内側の強い力は紛れもなく、本物だ。 だとすれば本物だろう。
そういえば、とセシルは少しだけ思い出す。 セシルが彼女に感じた違和感は端的に言えば、やはり容姿によるギャップというのが大きかったのだろう。 ××××やあの××の××のような年代の容姿……
「……えっ?」
××××?……それはいったい誰だ?
××?…………?
記憶をたどっていくが、彼はそれが誰なのかが理解できなかった。
右手を額に当ててセシルは、その目に戸惑いの色を強く浮かべながらも必死に考えようとして――――
「どうしたの?」
いつの間にか下から覗き込むように見られ、どこかデジャヴを一瞬感じるが、セシルは誤魔化す様に頭を振った。
そう、別にこれは今考えなくてもいいことなのだと自分に言い聞かせて。
「いや、なんでもない――――うん、折角だから頂かせてもらおうかな」
「あははー、賑やかなのは私も早苗も大歓迎だよー、今日は神奈子も居ないしねー」
にぱーと、笑みを浮かべながら、諏訪子は満足そうに頷いたのだった。
唐突であるが、セシルは騎士である。
その身分は、飛空挺団‘赤い翼’のトップであることから、非常に高位の身分であった。
彼は、幼いときにバロン王に拾われて、その恩を返したい余りに力をつけ――――闇の力を身につけた。
――――失礼、脱線をしてしまった。
とどのつまり何が言いたいのかというと……彼は、今、非常に目の前の光景に戸惑っていた。
酒を煽っている少女は、二人だが、この年代の少女が躊躇なく酒を飲む光景は、セシルの地といえども普通ではない。
どうしてこうなったかといえば、話は数十分以上も前に戻る。
諏訪子――――彼女はあの後、いきなり空に飛び立ったのだ。
そして……数分後、戻ってきたときには金色の髪の少女を連れてきていた。
彼女は、セシルの姿を見るとひどく怪訝そうな顔をした後、こう言った。
「……あなたは?」
「えっと、僕はセシル=ハーヴィ。 君は?」
「……アリス。 アリス=マーガトロイドよ」
……と、言うのが数十分以上前のことである。
流石に、セシルも鎧を脱いで、それぞれ炬燵の四隅を陣取って鍋を囲んでいた。
そしてセシルは、その‘鍋’……それを珍しそうに見ていた。
「へぇ……こんな料理もあるんだね」
「あ、セシルさんの居た場所では鍋もないんですね」
「うん、始めてみたよ」
「あーうー、そんなことより、お腹すいたー」
諏訪子が、手足をジタバタやりながらも食事の開始を促す。
思わず一同が苦笑する中、早苗はそれに頷いて――――
「では、いただきましょうか」
「「「「いただきます」」」」
全員が声をそろえて言った。