さらさらと風が優しく吹き抜けてゆく。

太陽が空の真上に来る中、一人の青年が倒れていた。

端正な顔立ちに、目を見張るような美しい銀の髪を持った青年はこの場には余りにも不釣合いな姿をしていた。

美しい白き鎧に、盾、その上に誰をもが目を奪われるであろう意匠の施された剣。 それは、西洋の騎士を思わせる姿であった。

――――しかし、前述したとおり、この場においてはそれは余りにも不釣合いであった。

なぜならここは――――

 

「っつ……ここ、は」

 

そうこうしているうちに、青年の意識が目覚めたようだ。

青年は、その端正で美しい顔を辺りへと巡らせた。

しかし、そこは彼にとっては全く持って未知の世界であった。

後ろに在るのは、赤い彼の身の丈の3倍から4倍はあるであろう建造物に、木と瓦で作られた建物、辺りは石畳で敷き詰められている。

とどのつまり、この西洋の騎士が居る所は神社であった。

 

「……どこ、だろう?」

 

少なくとも、彼の知識の中に神社というものは存在しない。

まぁ、それも当然であろう。 彼の記憶には神に仕えるものとして神官と言う者や境界が存在したとしても、神社や神主というものは存在しないのだから。

青年が思考へと走ろうと顔を下に向けたとき、青年の鍛え上げられた勘が何かを掴んだ。

ゆっくりと顔を上げたとき、彼の視界の中に人が映った。

 

「どなたかいらっしゃるのですか?」

 

社殿の奥から現れたのは、一人の少女だった。

緑色の鮮やかな髪の毛は、彼の頭に僅かな痛みと共にとても大切な仲間を呼び起こさせた。

全体的に白と緑をあしらった、袖の部分が何故か存在しない巫女服を着た少女である。 髪にかえるをあしらった飾り付けをつけている。

少女の名は東風谷早苗、彼女もまた余り離れていない時期に外の世界からやってきた元外来人である。

外来人とは、この世界――――即ち、‘幻想郷’と呼ばれるこの世界の外の世界からやってきた存在を総称する。

彼女もまた、外の世界からやってきた人間の一人であった。

しかし、早苗はセシルの姿を見て思わず目を大きく見開いた。

当たり前である、彼女の常識の中には騎士の鎧を着た存在など居ない、それ故にであるが――――彼女自身、ここが普通の場所ではないことを即座に思い出し頭を振った。

 

(ここは幻想郷――――幻想の世界なら、あり得るわよ、ね?)

「あの――――っ!?」

 

半ば強制的に自分の思考を取り纏めながら彼女は青年を見て――――今度は別の意味で酷く驚いた。

美しい長い銀髪、さらさらとたなびくそれは余りにも美しい。 また青年の顔立ちは酷く整っており、一瞬誰もが目を奪われる。

中世的な顔立ちをしているが、部位部位のパーツは見事にバランスがとれていて、まさしく美青年と呼ぶに相応しかった。 それも、オンリーワンといえるほどの。

所で、東風谷早苗は巫女である。

二人の神によって厳格に育てられた彼女は、余り男性に免疫がなかったりする。

巫女として信仰を集めるときや仕事として動いているときには大丈夫なのだが、こういうときには彼女の素が出る。

 

(え、ちょっ……この人、すごい、綺麗――――?!)

 

青年は冷静に見てれば、その純白の美しい意匠の鎧も相まって非常に美しかった。

――――青年の姿形は、すでに芸術と言ってもいいほどに美しいのである。

故に、彼女が思わずその姿を凝視してしまうのも仕方がなかった。

だが、てんでそんな事に思考がいかない青年の方からすれば、いきなり凝視されて少しだけ驚くのも無理はなかった。

 

「――――ええと、いい、かな?」

「――――はっ、す、す、すみません!!」

 

早苗は、思わず凝視したことに謝るが、青年からすれば些事である。

気にしてないよ、と、優しく言うと、青年は辺りを見回した。

そして、彼は名乗りと共に目覚めたときからあった疑問を口にする。

 

「僕はセシル、セシル=ハーヴィ。 えっと、ここはどこなのかな?」

 

早苗は、少しだけ首をかしげるとセシルを見ながら彼の疑問に答える。

 

「ここは守矢の神社です。 私は、東風谷早苗といいます。 ええと、セシルさんはどちらから来られたのですか?」

 

ここに闇と光を併せ持つ、優しき騎士が降り立った――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早苗の案内により、セシルは社務所の方へと向かうことになった。

とりあえず、迷い人とは言え、神社に来た参拝人(?)を無碍にするわけにもいかないし、いつまでも立ったまま話し込むのもあれである。 それ故に早苗はセシルを社務所へと案内することにしたのだ。

セシルも最初はいきなり人の家にお邪魔することは悪いだろうと思い、渋ったのだが、彼女の熱意に負けて最終的には頷いた。

しかし、セシルは思わぬところで異文化によるカルチャーショックを思い知ることになる。

それは、早苗が靴を脱いだときだった。

 

「――――? どうかしました?」

「あ、いや……」

 

セシルの暮らしていた場所では、こちらで言う西洋風の風習が根付いている。 当然、靴を脱いで家に入るという文化は彼の中にはない。

 

(これが、ここら辺の風習……なのかな?)

 

多少疑問が残るものも、郷に入りては、である。 セシルも彼女に習い、ブーツを脱ぎ、畳を歩く。

 

(――――不思議な感触だ)

 

足の裏に感じる感触を思いながら、早苗に促されるままに腰を落ち着ける。 彼女はそのまま、近くの台所に向かうと、茶器を用意し始めた。

よくよく見てみれば、綺麗に掃除がされており、埃一つも存在してなかった。

それを考えれば、ここはけして靴で歩くようなところではないことが良く理解できた。 それと同時に、ここが明らかに自分の知る常識が通用しないことも理解する。

今彼が促されて入ったのも、彼にとっては未知のものである。

具体的に言えばコタツなのだが、彼にとっては当然未知のものであった。

 

「――――へぇ、暖かいんだね」

「あ、はい――――セシルさんはコタツに入ったことが?」

「うん、僕の居たところではこういう習慣はなかった、かな」

 

セシルは苦笑と共にそう答えた。

だが、その言葉に疑問を持ったのは早苗だった。

 

「?……あの、先程も聞いたんですけど、セシルさんはどちらの方からいらっしゃられたんですか?」

「……正直に言えば、どこ、というのも難しいんだけどね、一番端的なのはやっぱり、別の世界、かな?」

「え――――?」

 

そこに来て、ようやっと早苗の疑問がある程度氷解した。

この人は、立場的にはもしかしたら自分に近いのではないか、と。

それ故に、次の疑問が出てくる。

 

「え、と……セシルさんは、外の世界から来た人なんですか?」

「――――外?」

 

だが、これは、早苗からしてもあり得ないことだと理解していた。

セシルが着ている鎧が、ただのコスプレにはけして見えないからだ。 セシルが着ている鎧――――即ち、アダマンベストである。

アダマンタイトという鉱物によって作られたそれは、分かり易いほどに凄まじい力を秘めている。

しかもである、セシル自身からもかなりの魔力と気、その上に聖なる力を感じるのだ。

現代世界に、これほどの力を秘めている人間は早々どころか、存在し得ない。

何せ、能力云々はともかく、その身に秘められた力は風祝である早苗すら凌駕する。

何よりも、腰につけていた剣が問題だった。

鞘で封がされていてよく見なければわからないが、その剣の聖なる力は暗黒の神々すらも葬るほど凄まじい。

それは当然だ、その剣の名はライトブリンガー――――最強なる聖剣である。

光の力を増幅し、全ての闇を切り裂く剣である。

そんな人間が、現代世界に居るはずがない。

だからこそ、彼女の予測どおりに、彼の言葉は続けられる。

 

「外の世界、て、なんだい?」

「……やっぱり、そうなんですね」

 

思わず溜め息が漏れたのも仕方がないだろう。

外の世界に居る存在ではなく、そして、この幻想郷を知らない人間――――なればこそ、彼の正体は――――やはり、彼の言った通りなんだろう。

即ち――――

 

「別の世界の人間――――」

 

そう、セシル=ハーヴィは紛れもない異邦人――――異世界人であった。

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