……ひどく、重い空気が漂っていた。
ただの人間ならば、10分もすれば胃に穴が空くであろうそのプレッシャーを放つのは、世界の守護者である‘真昼の月’アンゼロット。
そのプレッシャーを一身に受けているのは、銀色の癖っ毛に金色の瞳を持つ13〜4歳くらいの少女――――のように見えるが、実はウィザードの中でも知らぬものがいないという程有名な存在にして天敵、大魔王ベール=ゼファー。
普通の人間なら全く無視できないようなそのプレッシャーを、ベール=ゼファーは平然と受けていた。
二人の少女は、周りを一切合財気にせずに紅茶を飲む。
「……それで、この輝明学園に何のようなんですか、ベール=ゼファー」
「ベル=フライよ、私は?」
からかうようなその口調に、余り高くないアンゼロットの沸点が一瞬で噴きあがる。
青筋を浮かべたアンゼロットは、噴き上げたその沸点を必死に抑えながらも、必死に笑顔を取り繕う。
「あらあらそうですか、それではベル=フライさん。 あなたはこの輝明学園に何のようなんで・す・か」
「学園に行く目的なんて、一つに決まってるじゃない、頭が悪いわね、アンゼロット」
――――プツン。
あ、切れた。
蓮司とエリス、それにくれははアンゼロットの頭の方から何かが切れる音を聞いた、そりゃあもう盛大に。
「だだだだだ、だーれが頭悪いですか!? 柊さんと一緒にしないでください!!!」
「おい、こら、てめぇ!?」
しかし、蓮司の言葉はあっさりと無視された……いやむしろ、アンゼロットもベルも互いの敵しか認識していなかった。
「全く、沸点も低いわねぇ、世界の守護者様は、くすくす……」
「きーーーー!」
地団駄を踏むアンゼロット……いや、もう、マジでロンギヌスには見せられませんね。
だが、流石にこんなことをずっとやってるわけにはいかない、というか、蓮司にとって話が進まないのは死活問題である。
むしろ、このメンバーの中で誰よりもイラついているのは蓮司だった。
それ故に、柊はイラついた調子で言葉を放つ。
「おめぇら、とっとと話を進めやがれ! こっちは早く授業にでてぇんだよ!?」
「そんなのしったこっちゃないわね」「そんなことしったこっちゃないですわ」
「そこだけハモンなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
なぜか妙なところだけは息が合う、世界の守護者と魔王。
……本当は仲がいいんじゃないだろうか?
そして、やはり蓮司の叫びは、黙殺された。
――――何というか、哀れ。
「まぁ、柊さんの言葉にも一理ありますわね。 それで、いい加減本当の目的を言いなさい、蝿娘」
「……まぁ、いいわ。 ぶっちゃけるとね、暇なのよ」
「――――は?」
ベルの言葉が余りにも意外だったのだろう、アンゼロットはその言葉を聞いた瞬間一瞬完全に呆けた。
ベルはアンゼロットの方をつまらなそうに見ると、あくびすらしながら平然と言ってのこける。
「暇なのよ、暇。 今、計画を立ててるわけでもないし、手頃な物があるわけでもない。 何もすることがなくて、暇なのよ」
「……ひ、暇? 暇が理由?」
流石のアンゼロットも、こんな理由を平然と言ってのけられるとは思っていなかった。
……それはそうだろう、どう考えたって、世界を侵略する存在が、暇を理由に敵地に乗り込んでくるのだろうか。
ベルは続ける。
「そ。 それで、近くに折角面白い者が転がってるわけじゃない? だったら、そいつの傍にいた方がよっぽど退屈しのぎになるわけよ」
「面白い奴って、俺のことか!?」
「「「それ以外に誰がいるのよ?」」」
「くれはまでハモリやがった!?」
流石はHING NEWである、そのハモリは抜群だった。
幼馴染と世界の守護者と大魔王の言葉に、がっくりと蓮司はうなだれた。 それを一同(エリスを除く)は無視した。
暗い影を背負う蓮司を、エリスが必死に励ましていた。
それはともかくとして――――
「……流石にそれだけでは納得がいきませんね」
「そう? でも、本当に言い訳するならもうちょっとマシな言い訳を考えてくるわよ?」
「……………」
流石にまだ疑わしそうな視線を向けるアンゼロット。
その視線に、やれやれとかぶりを振るとベール=ゼファーは口元に笑みを浮かべながら、静かに宣言する。
「それなら、取引をしましょう、アンゼロット」
「――――取引、ですか」
「ええ」
ベルは、口元に浮かべた笑みをより濃くしながら、大魔王としての威厳を持って話す。
「私が学園に通っている間の負担と、その他、生活に関するものを一切あなたが用意する。 その見返りは――――私が輝明学園に通っている間の、一切私は人間界に進行しないことを約束するわ。 勿論、その間に何かの仕込みも一切しないわ」
アンゼロットの目が見開いた。
それは、余りにも破格の条件である。
裏界における、ベール=ゼファーの位階は大公。 そして、その実力は裏界において2位という実力者である。
そのベルが一切合財の進行を、たったの数ヶ月ではあるが止めると言うのである。
それは、同時にベルに対抗するウィザードを送らなくても良い、ということもである。 当然、その人手は他にまわせるのだ。
これは、かなり大きなアドバンテージである。
「――――どう、その期間、私が動かないのが分かるのは大きいと思うのだけど?」
「――――」
アンゼロットの中で一瞬葛藤が起きる。
――――だが、その天秤は既にどちらかに下りるかは、彼女の守護者としての立場によって覆ることはなかった。
「いい、でしょう」
まさしく絞り出すような声を、アンゼロットは絞り出した。
目の前の、怨敵の思うとおりに行くのは気に食わないが、それがどれだけの好条件かは考えずとも理解できるのだから。
「ただし、監視は付けさせて貰います」
「OK、あ、ただしプライベートを覗いたりしたら――――まぁ、そいつの両目はつぶれて貰うことになるから」
「分かっています、あくまで常識的な範囲で、です。 ただし、あなたが約束守る限り、ですが」
「ええ、分かっているわ。 大魔王ベール=ゼファーの名においてそれは誓うわ」
ギリギリと音が聞こえてきそうなほど、怒りがあるがそれでも彼女は世界の守護者としての立場を忘れることはなかった。
そして、ここに、アンゼロットベール=ゼファーの契約がなされた。
「がっこう……がっこうにいかせろぉ……!」
「ひ、柊先輩、もう終わりますから!」
「はわっ……私、今回出番ない……」