「痛てててて……」

「ふふふふ……」

 

大魔王ベール=ゼファーは蓮司のその様子に、笑みを浮かべていた。

彼女の思惑通り、やはりこの男の傍にいれば退屈はしなくてすむと、心の中でも笑う。

怪我させた本人であるくれはではあるが、彼女自身少しやりすぎた感があったのか、それとも別の考えか、蓮司の手当てをしていた。 同様に、包帯を巻くのはエリスも手伝っている。

尚、治療の様子を見られない為に、小さな月匣(フォートレス)も張っている。

ちなみに、張っているのはある意味元凶である、ベルだ。

テキパキと作業を続ける中、包帯を巻き終わる。

 

「……はい、終わったわよ!」

 

パシンと小気味の良い音共に、柊の怪我して居る部位を容赦なくたたく。

 

「てええええええええ!? な、何しやがる! くれは!!!」

「……ふんっ」

 

その蓮司の様子を、横目で睨みながら、くれは不貞腐れたようにそっぽを向いた。

エリスは逆に、少し心細そうに蓮司に話しかける。

 

「あの……それで、さっきの話は……?」

「……ん? あー、えっと、どこら辺の話だ?」

 

一連の騒動のせいか、蓮司は先程話していた事を半分近く忘れていた。 いや、まぁ、無理もないが。

ベルもこのままでは、埒があかないと見たのか、珍しく助け舟を入れる。

 

「あれでしょ、私とあなたの睦みご……」

「そんなことした覚えはねぇぇーーー!!!」

 

グサグサと突き刺さるような視線を、くれはから感じながら、蓮司はベルの言った事を全力で否定する。

ベルは、今朝と同じようによよよ……と、泣き崩れながら……

 

「そんな……今朝は私の裸をあれだけ無遠慮に見ていたくせに……」

「見てねぇーーー!!! つーか、朝と同じ展開かよ!? さっきも言ったが、それはてめぇ本人が否定していただろうが!!!!」

「あら? 本当に、見てないの?」

「…………ぇ……?」

 

朝と同じ展開にならなかった事に驚いてしまい、一瞬蓮司は完全に硬直する。

そして、その硬直した間の隙を逃すほど、ベルは甘くなかった。

 

「本当に、一欠けらも、一ミリも、私の裸を見てないのね?」

「……え、ちょ、お?」

「本当ね?」

 

蓮司の頭の中に、今朝起き抜けの光景がフラッシュバックする。

真っ白な肌、なだらかではあるが女性である事を示す胸部のライン、芸術的なまでに細い腰、そして腹部にかけてから下のライン。

実際、蓮司ははっきりと見てしまっていた。 だからこそ、この沈黙してしまう。

そして、このタイミングでの沈黙は最悪だった。

 

「柊……?」

 

地獄の底から湧き出るような、くれはの声。

蓮司は、慌てて声を絞り出す。

 

「……はっ!? いや、た、確かに、見たが、それはてめぇが裸で布団に浸入したからだろうが!? 俺が故意で見たんじゃねぇ!!!」

「でも、見たのね?」

「……うっ」

 

とどめだった。

蓮司は完全に沈黙し、ベルは勝ち誇ったような表情を浮かべた。

むしろ、蓮司にとっては、目の前にいる大魔王よりも横で表情を落としている幼馴染の方が恐ろしかった。

流石は神社の娘である。

 

「ひ……」

「ひ?」

 

顔を上げたくれはの瞳には怒りが宿っていた。

やばい、と、蓮司の本能が警告する。

くれはも無意識の行動だろうが、月衣から破魔弓を取り出し、無意識のうちに最上級魔術を装てんする。

 

「ちょっ!?」

「柊の……ばかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

放たれた魔術の名前は、スターフォールダウン。

次元に穴を開け、隕石を召喚する冥魔法最強の魔法である。

 

「うぎゃああああああああ!!!!」

「ひ、柊せんぱーーーーい!!!!」

 

エリスの悲鳴が、月匣内に木霊する。

ちなみに、瀕死になっている上に重症値ではあるが生きていた。 生死判定でも成功させたのだろうか?

まぁ、事実は簡単で、咄嗟に魔剣を取り出して護法剣で防いだのだが。

げに恐ろしきは、嫉妬か。

ともかく、隕石の直撃を受けた蓮司を慌てて回復させるエリスと、完全に不貞腐れたくれは。 そして、その様子をまた可笑しそうにベルが見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、こんな事はあったが、蓮司が回復している間に、ベルが今度はきちんと説明していた。

実際問題、色々あるが、どうやら要約するとこういうことらしい。

ようはである――――

 

「はわっ! そ、それって……ただの暇つぶし!?」

「そうとも言うわね」

 

くれはの呆然とした声に、ベルはコクコクと頷いた。

 

(……つまり、俺はここにいる大魔王の暇つぶしのせいで、こんな目にあっているのかよ……)

 

怖い女には慣れっこだという蓮司だが、今回は極めつけだった。

この調子では、更に頭痛の種が増えそうだが。

なんだかとても切なくなる、蓮司だった。

だが、同時に蓮司にとっても利点が一点だけあった。 いや、これは蓮司に限らずすべのウィザードにとってかもしれない。

つまり、ベルが蓮司の傍にいる間、彼女はアクションを起こすつもりがないという事だ。

 

「ま、そういうことだから、しばらく私はベル=フライよ?」

「……はわー、なんだか以前も同じ名前で潜入していたような覚えが」

 

リーチ・フォー・ザ・スターズを参照。

ともあれ、苦々しくも納得せざるを得ない条件に頭を痛ませながらも、くれは次の疑問を口にする。 いや、もしかしたら前者よりもくれはにとってはこっちの方が問題なのかもしれない。

 

「はわっ! それは納得したけど! じゃあ、どうして柊の家に泊まってるのよ?!」

「あ、私もそれは聞きたいです」

 

蓮司の手当てをしていたエリスも、こちらを向いた。

二人の顔を見ながらも、ベルは神妙な顔をした。

エリスとくれは……二人だけではなく、蓮司の顔にも緊張が走った。

 

「それはね……」

「そ、それは……?」

 

エリスの喉がごくりと鳴る。

次の瞬間、神妙な顔を一転させ、笑顔になってベルは答えた。

 

「面白そうだから♪」

「……へ?」「……はわっ?」「……って、おい!! 朝言ってたのってマジかよ!?」

「だから、そう言ったじゃない。 とりあえず、この話はここで終わりよ」

 

パンパンと手をたたきながら、ベルは話を無理やり終わらせた。

 

「まぁ、そう言う訳だから学校に行くわよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスに支えられながらも、蓮司たち一行は通学路を進んでいた。

流石にあれだけの騒動や、説明の為に時間を割いたせいか、通学路にはもう誰もいない。

蓮司やエリスにとっては、焦るべき状況だ。

くれはとベルに関しては、双方とも事情は違うが焦る状況ではない。

ともあれ、平穏無事に学校の校門前に辿りついた。

……まぁ、あれだけのことがあったのに、平穏無事にと言って良いのかは疑問だが。 少なくとも、蓮司は既にボロ雑巾に近い状況だし。

 

「が、学校にまともに来れた……!」

 

蓮司にとっては、実にまた久方ぶりの事だ。

その喜びに浸っている時――――遠くの方から、車の音が近づいてきていた。

それも、速度が半端じゃない速度だ。

黒塗りのその車が、蓮司(達ではない)と学校を隔てるかのようにとまった。

蓮司の表情が完全に硬直した。

静かに、本当に音をほとんど立てずに車の後部座席の窓ガラスが開いていく。

 

「柊さ〜ん♪ これから私の言う事に、‘はい’か‘YE……って、えええええええ!?!?」

 

蓮司が何か言う前に、窓ガラスから顔を出した美しい少女の顔が驚愕の形に変化する。

その声に、蓮司はなぜかとても気分が良くなった。

 

「あら、お久しぶりね、‘真昼の月’アンゼロット」

「だ、大魔王‘ベール=ゼファー’!? あなたがなぜここに!?」

 

 

第四話に続く! To Be Continued!!!

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