学校に出かける前に、ゲッソリと疲れた蓮司ではあるが、持ち前の根性でどうにか立ち直ると服を着替えた。
先程聞えた、リビングで待っているという言葉が冗談である事を祈りつつも、絶対に神は俺の願いを聞き届けないだろうなぁ……と、どこか達観した考えでいた。 何せ、アンゼロットの神様だし、そもそも翠やベール=ゼファーだって神様の転生体(ベルは転生してないだけ)だし。
まぁ、勿論だが、その期待は裏切られる。
リビングに着いた蓮司は、なぜか姉と談笑しているベール=ゼファーを見て、更に脱力してしまう。
頭を抱えなかっただけマシというものだろう。
何の話をしているのかと、思い、そちらに耳を向けてみる。
「……へぇ、あの子ってそういう性癖があったんだ」
「ええ……私も驚ろきましたわ」
「猥談かよ!? しかも微妙に俺の事っぽいし!?」
思わず聞えてきた内容に、本気でツッコミをいれる。
まぁ、入れておかないと、本気で蓮司の尊厳が台無しになりそうだが。
その声が聞えたのか、姉である柊京子とその正面で談笑していたベール=ゼファーがこちらを向いた。
「おはよう、蓮司。 あんた、昨日はお楽しみだったみたいだね」
「ちげぇよっ!! つか、信じるなっ!!!」
その言葉を聞き、ベール=ゼファーは目を大きく見開いた。
そして、泣き崩れるようにペタリと床に座ると、よよよ……と、よろめく。
「ひどい……あんなに昨日、弄んだくせに……!」
「さっき、てめぇ自身が否定してだろうがーーー!!!」
朝っぱらから叫び続ける蓮司。
ベール=ゼファーもそろそろ飽きたのか、手に持っていた物(乙女の涙・改という名の目薬)を懐にしまいつつ、あっさりと頷いた。
「ええ、そうね」
「あはははははははっ!!!」
その蓮司の様子を見て、大爆笑している京子。
蓮司はがっくりと項垂れると、とぼとぼと歩きながらも食卓に着いた。
なんというか……余計に疲れた朝だった。
げっそりと疲れながらも、通学路を通る。
ベール=ゼファーの事意外、割と何もなく平和だった。 宝玉の一件も終わり、とりあえず一通りの問題も消えたのも一つの原因ではあるが。
蓮司が歩く隣で、いつもなら幼馴染やここ最近出来た一学年下の素直な少女ではなく、銀色の髪の美しい美少女が隣を歩く。
割と目立っているが、蓮司にとってはそこまで大きな問題はではなかった。
隣に歩いているのが、大魔王‘ベール=ゼファー’でなければ。
「……おい」
「何? 柊蓮司」
「いつまで着いて来る気だよ?」
ベール=ゼファーは一瞬きょとんとした表情になり、すぐに納得した顔になった。
対する蓮司は、むしろ繭を顰めて疑問符を飛ばすしかない。
「そういえば言ってなかったわね」
「あぁ……?」
「私、あなたの家に‘ホームステイ’することになったのよ」
「何ィィィィィィ!!!! って、ちょっと待て!!!」
驚愕から一転し、その表情は絶望感に苛まれていた。
だが、一筋の希望に縋り、蓮司は言葉を必死に搾り出す。
「お、お前! そもそもどこにも通ってなかっただろ!? なんで、ホームステイなんだよ!?」
「あら、忘れたの? 私は大魔王‘ベール=ゼファー’よ? このくらいどうにでもなるわ」
あんぐりと口を開けた蓮司を、可笑しそうに見ながら、ベール=ゼファーは笑った。
愛らしい微笑みではあるが、蓮司にとってはまさに悪魔の微笑みにしか見えなかった。
そして、蓮司は忘れていた。 ここが、通学路であり、そして、待ち合わせ場所であるという事を――――そう、蓮司の近くに二人の少女が迫ってきていた。
「ひぃーらぎー!」
「柊先ぱーい!」
朝から元気の良い声を上げて、道を走ってくる二人の少女。
一人は、巫女装束に身を包んだ少女であり、蓮司の幼馴染である赤羽くれは。
もう一人は、最近知り合った白いここら辺では見ない制服に身を包んだ少女にして、その正体は強大な力を持つ、大魔王中の大魔王の転生体である志宝エリスだった。
その二人の少女は、蓮司の傍にいつものように元気よく近寄ってきて、挨拶をする。
「おはよー、柊ー! はわわわわわわっ!?」
「おはようございます、柊せんぱ……えええええ!?」
二人の驚愕の声が重なり、一人の少女に視線が合わせられる。
宝玉の戦いの時も、合い間みえた相手がいるのだ、彼女達にとってもそこにこの少女が居るとはどう考えても、思いつかなかった。
そして、二人は声を合わせてその少女名を呼ぶ。
「「ベール=ゼファー!?」」
「星の巫女・赤羽くれはと、エリスちゃん。 お久しぶりね」
硬直する二人に、ベール=ゼファーは微笑みを浮かべて対応する。
頭を抱える蓮司。 硬直した少女二人と、微笑んでいる少女というのは中々シュールな場面である。
だが、いち早く復活したのはくれはだった。
くれは、蓮司に詰め寄ると、なんとも言えない表情で、蓮司に言葉を投げかける。
「ちょっ、ちょっと! なんで、こんな所にベール=ゼファーがいるの!?」
「俺が聞きたいよ!!」
最もである。
今回の騒動の、最大の被害者は、どう考えても柊蓮司その人である。
まぁ、周りはそんな事を(エリスを除いて)気にしないが。
「あ、あの……本当にどうして居るんですか?」
「だから、俺が聞きたいんだって!!! 本人曰く、ホームステイだとよ」
その言葉を、一番信じていないは当然蓮司である。
むしろ、こんな事が起こるなんて誰が予測しようか?
「あら、まるで私が悪巧みをしているみたいに聞えるわね?」
「聞えるじゃなくて言ってるんだよ!? 第一に、何の目的があって、家に来たんだよ!?」
突然、ベール=ゼファーはにやりと笑みを浮かべた。
――――今まで養ってきた勘が、警鐘を上げていたこいつにこれ以上言葉を言わせてはいけない、と。 だが、蓮司が言葉を紡ぐ前にベール=ゼファーはそのままの表情で、蓮司に対して口を開いた。
「あら? それが昨日、一夜を共にした相手に言う言葉?」
「ちょっ!?」
ぴたりと、くれはの動きが止まった。
エリスも僅かに頬を染めて、驚愕8・非難2の割合の視線を送ってきていた。
ゆったりとくれはが蓮司の方を振り向き、微笑を浮かべる。
――――蓮司は、一瞬で心臓を鷲掴みにされた気分だった。
「お、落ち着け、な? くれはさん……?」
「ひぃらぎぃ……ちょぉぉっと、お話しよぉぉっかぁぁぁ?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
ズルズルと首根っこを掴まれ、引き摺られて行く蓮司を、腹を抱えながら笑う魔王。
エリスは、ベール=ゼファーと蓮司の方をおろおろと見ていた。
茂みの方へと引き摺られて行く蓮司の姿が完全に見えなくなったとき。
ズドォォォォォォォォン!!!!!
朝の登校風景に、花火が加わるという珍事が起きた。