柊宅〜朝〜

 

「う……」

 

閉じていた瞳を、ゆっくりと開き始めた。

蠅の柄のパジャマを着込んだ青年は、朝陽を受けて辺りを見回した。

青年の名は柊蓮司。 既に柊蓮司という一種の種族として名を連ねているほど、彼はその身に不幸を受けている青年である。

 

「あー……あぁぁぁ、ふぅ……はぁ……」

 

大きく伸びをし、爽やかな朝を迎えた青年はいきなり溜め息をついた。

本日こそは、学校に行けるだろうか? と、己の中で自問自答を繰り返す。

アンゼロットが強襲したり、異世界に強制的に引っ張られたり、アンゼロットが強襲したり、アンゼロットが強襲したり、ベール=ゼファーが強襲したり、アンゼロットが強襲したり、と、頭の中で繰り返すたびにその顔は、爽やかな朝に似つかわしくないほど苦々しくなっていく。

しかし、彼は知らない。

 

「ん……? なんだ?」

 

今日一日で、彼の周りは大きく変化する事を。

そう、それは彼の布団の中に紛れ込んでいた。

温かみの感じるそれに、ものすっっっっっっっっごく、嫌な予感を感じながらも柊蓮司は恐る恐る、布団をゆっくりと捲っていく。

 

「……って、ええええええええええええええええ!?」

 

布団を捲り上げた柊――――蓮司は、その顔を驚愕で強張らせた。

布団の中に居たのは――――

 

「うるさいわね、柊蓮司……朝くらい静かに出来ないのかしら?」

「って、なんで、お前ここにって!? いや、おまっ! それ以前になんで裸なんだよ!?」

 

銀色の美しい髪を持つ美少女は、青年の驚愕の叫びにその端整な芸術品とも言える顔立ちを歪ませた。 顔を、猫のように擦るその少女の姿はとても愛らしかった。

だが、青年にとっては彼女は仇敵であり、天敵であり、そして、数度共闘した中でもあった。

故に、自らの布団の中にその小柄な肢体を一切何も身に着けずにこの場に置くのは、明らかに異常であった。

少女の名は――――

 

「ベール=ゼファー!!」

 

裏界(ファー・サイド)と呼ばれる世界において、最強の名を持つ‘蠅の女王’ベール=ゼファーと言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「決まってるじゃない、あんなに激しくしたくせに」

 

とりあえず、裏界の大魔王様は、柊蓮司にとっては、猛毒にしかならない事をスラッと言い放った。

柊が、全裸の少女を震える体で指差し、パクパクと口を開けるのがなんとも滑稽だった。

その様子を、可笑しそうに笑いながら見ると、スラリと細いその体を蓮司に纏わりつかせる。

うっすらと感じる柔らかいその体の感覚に、蓮司の体に熱が篭る。

 

「あなたって、ああいう場面では人が変わるのね、驚いたわ」

「え……う…ぁ……あ……ま、マジで?」

 

呆然とした表情で、少女が全裸であることすら忘れた蓮司は、問いかける。

ベール=ゼファーはその問いかけに、クスクスと笑いを篭めると、その問いかけに答えた。

 

「あら、忘れたの? 柊蓮司……あなたって、案外酷い人ね……」

「う、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

マジで!? マジでか!?!? と、叫び声を上げる柊を見て更に笑みを濃くするベール=ゼファー。

柊は、一通り叫ぶとがっくりと項垂れた。

項垂れた柊の口からは、「マジでかよ……」とか、「やっちまった以上責任を……」とか、口から囁きが漏れてる。

 

「ひいら……」

「ベール=ゼファー! 俺、俺は……本当に、本当にやっちまったのか!?」

「状況通りだけど?」

 

言葉を遮られたベルは、少し不愉快そうな顔をするが、今の柊にそんな余裕はない。

よって、ベルは続くはずの言葉を止め、この状況をしばらく楽しむ事にした。

 

「くっ……俺も男だ、やっちまった以上は……責任を取らないと……」

「あら? 責任を取ってくれるの?」

「あ……あぁ……」

 

笑みを濃くした、ベルに蓮司は顔を引きつらせながらも答えた。

だが、次の瞬間にはベルは苦笑を濃くして蓮司の言葉に返す。

 

「ごめんなさい」

「……あ?」

「さっきのアレは嘘よ、本当は私が裸であなたの布団にもぐりこんだだけよ?」

 

……痛いまでの、沈黙があたりを包み込んだ。

今日この日の、朝起きた瞬間から、柊蓮司という男の不幸は始まっていたのかもしれない。

それこそが運命全ての分岐点だっただろう。

そして、蓮司は本日数度にわたる物の中で最大の叫び声を上げた。

 

「なんだってーーーーーーーー!?」

 

柊蓮司のその日はきっと――――人生最大級の転機を迎えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って、どうしてそんなことしてやがるんだ!?」

「あら、相変わらず頭が悪いのね、柊蓮司?」

 

ふふっと、彼女はゆったりと微笑むと優雅なしぐさで蓮司の体から、その幼いながらも、どこか蟲惑的なその肢体を僅かに惜しげにしながらも離した。

ベルのその様子に当惑しながらも、それと同時にその体を見ないように二重の意味で顔を真っ赤にしながら、蓮司は問うた。

そして、その答えは、彼女にとっては当たり前で、そして蓮司にとっては余りにもはた迷惑なものだった。

 


「決まっているじゃない、朝起きたときのあなたのリアクションが面白いからよ」

「そんな理由かよ!?」

 

思わず叫びながらも、がっくりと項垂れる。

確かに、そんな理由で朝から叫びまくる羽目になった蓮司にとっては大迷惑な事だろう。

ベルは、本当に愉快そうに笑うと、その身を魔法の力で一瞬にして、いつものなぜか着ている、輝名学園の制服を身に纏わせた。

蓮司が呆然としている間の出来事である。

ベルは呆然としている蓮司を尻目に、ゆっくりといつものどこか悪魔的な笑みを浮かべながら、話しかけた。

 

「先にリビングで待ってるわよ、柊蓮司。 早く来なさいよ?」

「って、おい! 待てっ!!」

 

いつも突発的な出来事になれているせいか、蓮司の復活は早かった。

だが、蓮司のせっかく復活して言ったその台詞は受け入れられず、彼女はゆったりと優雅な動作で蓮司の部屋を出たのだった。

思わずその扉の方を見て、頭を抱える蓮司。

頭の中にあるのは、朝から出来事をフルタイムで思い出していた。

朝起きたら、裸の女の子が居ました。 しかも、魔王です。

 

(ふざけんな! 二番煎じも良いところだろうが!! つーか……せめて、家の中で位、平和にさせてくれよ!?)

 

平和? おほほほほほ、柊さん、まぁだ諦めてなかったのですねー? あなたにそんなものがあると思っているんですかー? とか言う、某守護者の声が聞えたような気がしたが、ガン無視である、あれはある意味、ベール=ゼファーよりも敵だと認識しているし。

しかし、学校の始まる時間が近い事も在り、彼は仕方なくとぼとぼと着替え始めるのだった――――

 

 


登校編へと続く〜

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