「と、言うわけで。 一休みできたところで、次の任務です♪」
「出来てねぇ!? つーか、またこのパターンかよッ!!」
アンゼロットの台詞に、柊蓮司は思わず声を荒げながらもツッコミを入れた。
ここは、世界の狭間に存在する宮殿。 その宮殿の本来の名を知るものはおらず、その宮殿の主である世界の守護者の名を冠しアンゼロット宮殿と呼ばれていた。
そして、その主である世界の守護者アンゼロットは目の前に居る、不良っぽい青年に微笑みかけながら、青年にとっては迷惑でしかない言葉を告げていた。
まぁ、毎度の事であるが青年の抗議は、この見た目少女にしか見えない(おだまり)……すみません。 美少女であるアンゼロットには一切意味がなく、軽々とスルーされた。
アンゼロットは柊に対して言葉を続ける。
「今回の任務は、教師として潜入してもらいます」
「……なに?」
柊は思わず耳を疑った。
教師ということは、学校関係なのであろう。 しかし、まさか教師として入れとは――――あの、アンゼロットがである。
それ故に、柊は不審がる。 いつもならアンゼロットなら教師ではなく、生徒として潜入しろというだろう。
「私としては生徒の方が良かったのですけどね……護衛任務の対象が教師と生徒なので、ある程度自由に動ける教師として動いてもらいます」
合点がいく。 確かに、教師と生徒が対象ならある程度自由に動ける教師の方が潜入任務の方が良いだろう。
いくらアンゼロットが楽しみの為に柊を弄くると言っても、それはあくまで任務の範囲内での話だ。 優先順位を見誤る事はない。
それ故に、柊は安心して話の続きを促せた。
「それで、護衛の対象は誰なんだ?」
「ネギ=スプリングフィールドという10歳の少年とその子の受け持つクラス全体です」
「へー……って、全体!? 広すぎだろ!?」
思わぬ護衛対象の広さに、柊は声を上げた。
クラスというからには、その人数は当然一人や二人ですむわけがない。
いくら柊が歴戦の魔剣使いとはいえ、彼はあくまで魔剣使いである。 この手の任務ならば、もう一人位はサポート役として欲しいところである。
そして、それはアンゼロットも理解するところである。
「ので、今回はもう一人サポート役をつけることにしました。 入ってきてください」
「は、はい!」
現れたのは、髪の毛にリボンを付けた小柄の少女である。
薄紫色の髪のショートカットの少女だ。
そして、その少女に関して言えば、柊も知っている少女であった。
そう、その少女は――――
「え、え、え……」
「お久しぶりです、柊先輩!」
「エリスゥ!?」
そう、かつて宝玉事件――――と、言ってもつい3・4ヶ月ほど前の事であるが――――の折に知り合った少女である。
あの時、ウィザードの力を失ったと思っていた少女がその場に現れていた。
「ど、どういうことだよアンゼロット!? エリスは力を失ったはずだろっ!?」
「ええ、私も最初そう思っていたのですが――――」
アンゼロットの話を要約するとこういうことだ。
力を失ったと思われたエリスだが、あくまで宝玉が壊れただけで、本人の内側にある力が失われた訳ではないらしい。
そもそも、エリス自身のウィザードとしての力は失われていないのだ。
それ故に、月衣を纏っているし、彼女自身の大いなるものとしての力は失われていない。
だが、それ故に危険でもあった。
彼女自身の力は、宝玉に頼る部分が大きくある。 しかし、その身に秘めるプラーナも魔力も強いために、まさしくエミュレーターーにとっては格好の餌である。
故に、彼女自身にもある程度力をつけてもらう必要があった。
だから、この3・4ヶ月間である程度特訓をしていたらしい。
「――――というわけで、柊さんのサポートとして付ける事にしました」
「よろしくお願いしますね、柊先輩!」
ぺこりと頭を下げるエリスに対して、柊はある意味仕方なしと判断する。
下手なウィザードと組むよりか、自分が組んだ方が良いという判断もある。
「ああ、よろしくなエリス」
「と、柊さんも納得したところで、早速現地に急行してもらいますね」
「……はっ? おい、ちょっと、ま――――」
――――て、と言おうとした所でぱかり、と、柊の足元が真っ黒い空間になる。
それは、俗に言う落とし穴だった。
足元が開いた柊は、重力という名の漫遊引力に引かれ、そして柊はアンゼロット宮殿を付きぬけ、地球へと降下してゆく。
「アンゼロットォォォォォォォォォ!!!」
「柊先輩!?」
エリスの言葉を受け、そして、アンゼロットに怨嗟の言葉を投げかけながら。
しかし、アンゼロットはそれを歯牙にもかけずにエリスに微笑みながら言う。
「では、エリスさん、ここに資料を用意しています。 任務の内容や理由、それに柊さんの身分などきちんとしたものはここに書いてあるので後で伝えてあげてくださいね」
「あ、あの……柊先輩、大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、柊さんですか、大丈夫ですよ、月衣も在りますし」
そういう問題ではないのだが、仕方なしに納得する。 というか、今更どうしようもない。
「では、エリスさん。 道案内を用意してあるので、それについて行って下さい」
「はい」
エリスはアンゼロットの言葉に素直に頷くと、ロンギヌスのメンバーに連れられ出て行った。
そして、その様子を見送った後、アンゼロットは椅子にもたれかかり、天を仰ぎ瞳を閉じて囁いた。
「頼みましたよ……柊さん、エリスさん」
「……ォォォォォォォォォォ!!!」
ドォン!!
派手な音と共に、柊は着地――――いや、墜落した。
「たく、いつもの事とはいえ、もっと穏便におろせよ!!」
柊は知らない、エリスが穏便に降ろされていることを。
まぁ、例え知ったところで、エリスに文句を言う事はないだろうが。
ともあれ、柊は自分の着いた場所がどこなのか分からないので、とりあえず辺りを見回す。
(……どこだ、ここ?)
一言で言うのなら、森、だろうか?
あたり一帯が木に覆われていることからもそれは窺い知れた。
――――しかし、当然ながらここでひとつ大きな問題が浮上する。
(どこ行きゃ良いんだよ)
――――である。
この森、先を見て見ても分かるが広すぎる。
どう考えたって遭難しているとしかいえない。
ともあれ、考えてても仕方がないので動くしかないのだ。
柊は、適当に辺りを付けるとその方角へと歩いていった――――
――――が、絶賛迷子中である。
行けども行けども、木木木木。 人工物が見当たらず、どう考えて見ても迷っていた。
「だあああああああ! アンゼロット!! なんでこんな場所に下ろしやがったんだよ!!!」
柊が思わずそういうのも仕方がない、何せ、こんな場所に下ろされなければ普通にいけたのだ。
がっくりとうなだれる柊。
しかし、柊は突然に自分の感覚に何かが引っかかる。
それほど大きな力ではないが、何かが近づいてきているのだ。
中空に手を伸ばし、柊は何かを掴む動作をする。 刹那、柊が力を込めるとそこには一振りの巨大なバスタードソードが現れた。
柊の魔剣である『裏切りの魔剣・ワイヴァーン』だ。
柊はいくつ物戦いを、この魔剣と共に経過し、既にその剣は半身といえる。
その相棒である、ワイヴァーンを構え、力を感じるほうへと向けた。
そして、そこから現れたのは空を飛んでいる、幼い金髪の少女だった。
形の良い切れ長の目が、柊を捕らえ、睨みつけた。
「貴様か、結界に入り込んだのは」
「――――よくわからねぇが、俺に何のようだ?」
柊も、この目の前にいる少女がただの少女だとは思わなかった。
何せ、魔力の量が普通の人間を超えているし、何よりも絶賛空を飛んでいる。 しかもである、その隣にはメイド服を来たガイノイドらしきものも居る。 あと、何よりも、見た目と年齢が全く釣り合わない存在を知っているのも大きかった。
少女は、その形の良い眉を跳ね上げると、視線に力を込めて更ににらみつけ怒鳴る。
「質問しているのは私だ! 何の目的で、この土地にやってきた!?」
「ああ? 任務だよ、任務! お前も魔法使いなら分かるだろうが!」
……ある意味、柊は最悪の受け応えをした。
これは、色々な意味で取れる言葉だからだ。 そして、この少女は一応、ここのトップからそんな話を聞いていない。
それ故に、対応はこうなった。
「……任務、だと? ほう、まぁ良いだろう。 それならば、こっちのする対応は一つだからな茶々丸!」
「はい、了解しました」
隣に居るガイノイド……茶々丸に対して命を下すと、少女は声を高々と上げ、歌うように、詠うように言葉をつむぐ。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック! サギタ・マギカ・セリエス・オブスクーリ!!」
「うぉ!?」
行き成り来た魔法に、柊は魔法攻撃をすんでの所で回避した。
その攻撃を回避したところで、柊は行き成りの襲撃に、抗議の声を上げた。
「てめぇ! 何しやがる!!」
「侵入者で任務と聞けば、こうするのが当たり前だろうが!」
「来たくて来たんじゃねぇよ!」
最もである。
だが、このままでは埒が明かないので、ともかくあの少女をどうにかしなければいけない。
柊は、覚悟を決めるとその魔剣に力をこめた。 刹那、魔剣に光が灯り輝く。
「その剣……魔剣か! しかも――――かなりの力を秘めた、茶々丸! 油断するな!!」
「イエス、マスター」
主の言葉を受け、茶々丸は柊の元へと向かっていく。
柊は、それを見て魔剣を構えると向かってきた拳を剣の腹で受け流し、茶々丸の腹に肘をいれ、弾き飛ばす!
だが、茶々丸も負けてはいなかった。 初撃が外れたと見るなり自らの拳を打ち放つ!
「何!?」
行き成り来た、所謂ロケットパンチに流石の柊も対応が遅れた。
余りにも非常識なその一撃に肩に一撃を受けた。
茶々丸の方も、流石に狙いを定めている暇はなかったのだろう、急所からは大きく外れている。
だが、その一撃のおかげで、柊の体勢が僅かに崩れた。
「よくやった茶々丸! サギタ・マギカ・セリエス・オブスクーリ!!」
茶々丸が対応している間に、溜めて置いた、49柱の矢が柊に降り注ぐ!
柊の魔法防御力はウィザードの中でも低い方だ。そのため、この一撃はかなりきつい。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!?」
降り注ぐ49柱の闇の氷に、柊の姿が掻き消える。
完全に、砂埃の中に柊が消えると、エヴァンジェリンは笑みを浮かべた。
「ふんっ、まぁ、そこそこやるようだが、今の私に遅れをとるなど、たいした事は―――ー」
「――――そいつはどうかなッ!!」
「何!?」
砂埃から、柊が高速を伴い現れた。
黄金に輝く魔剣……柊の――――いや、魔剣使いの特殊能力の一つである護法剣と呼ばれる能力により防いだのだ。
そして、今のエヴァンジェリンには、護法剣を貫けるほどの力は――――ない。
即座に、少女に近づくと、柊は少女の鳩尾に、柄によって痛みが残らないように一撃を入れて昏倒させた。
「マスター!」
「安心しろよ、危害をこれ以上加えるつもりはねぇよ」
「……そう、ですか」
そう良いながら、柊は少女を抱えて、そのまま目の前に居る茶々丸と呼ばれていたガイノイドの少女に渡した。
その様子を見て、ようやっと僅かに信用したのだろうか、茶々丸と呼ばれた少女は頭を下げた。
「マスターに怪我をさせずに終わらせてくださいまして、ありがとうございます」
「別に、礼を言われる事じゃねぇよ、ちょっとした勘違いだろうしな」
勘違いで殺されかける事はよくあることなので、柊にとっては瑣末な事らしい。
その言葉を受けて、茶々丸はもう一度、頭を下げると後ろを向いた。
「それでは――――私は、ここで失礼させてもらいます」
「ああ……って、ちょっと待ってくれ!」
そこまで、言いかけて、柊はようやっと自分の現状を思い出した。
柊の言葉を受けて、茶々丸はふかしかけたブースターを止めて、柊の方を向いた。
「あー……その、なんだ……」
「……?」
「道、教えてくれねぇか?」
顔を少しだけ赤らめて、頭をかいてそっぽを向きながら柊はどこかバツが悪そうに言った。