三章/再開〜不屈・雷神・夜天〜
ちゅどーん!
えらくコミカルな音が辺りに響き渡った。
音が響き渡った所を見てみれば、そこには大きめのクレーターが出来上がっていた。
空から何かが降ってきたのだろうか?……等とごまかしのように言ってはみるが、いずれにせよこの作品を見ている読者には大体何が落ちてきたのかは予測がついてるだろう。
そう、やはりそのクレーターの中心に居るのはあの男――――柊蓮司だった。
柊は、頭から地面に半身を突っ込むという、実に芸術的な落ち方をしていた。
ピクピクと足が動く辺り、哀愁を漂わせる。
だが、柊は体を一気に地面から抜くとコメカミに青筋をたてつつ、怒りの叫びを上げた。
「うっがあああああああああ!! アァァァァンゼロットォォォォォォッッッ!!! 毎度毎度、もっと普通に下ろせねぇのかよぉぉぉぉぉぉっっっっ!?」
辺りに、柊の魂の叫びが木霊した。
……まぁ、要するにである。
いつもの如く任務の内容を話し終えたアンゼロットは、問答無用でいつものように直接柊を現地に送ったのだ……アンゼロット宮殿から落とす事によって。
ちなみに、である。 アンゼロットがこのような手段でウィザードを地上に下ろすことは……柊以外ではないことを後述しておく。
ちなみに、勿論のことだが、高町なのはは普通に運ばれている。 その証拠に――――
「ひ、柊くん、大丈夫!?」
なのは一切無傷であった。
柊は、なのはの方を見ると、思わず溜め息をついた。
「ああ……なのはのか……大丈夫だ、慣れてる……慣れたくなかったけどな」
その言葉を受けたなのはは、思わず顔を引きつらせた。
彼女の中にある考えは一つしかなかった。
―――― 一体、いつもどういう扱いを受けてるんだろう……?
……まぁ、彼女も彼がどんな扱いを受けているかなんて想像もつかないだろう。
何せ、異世界に向かわされるのなんて序の口で、レベルが下がったり、学年が下がったり、年齢が下がったり、幼馴染には秘密を握られたり、空から衛星が降ってきたり、砲弾にされたりと、なんと言うか客観的に見て不幸のオンパレードなんてのは普通は想像がつかないし、つくわけがない。
きっと知ったら、物凄くかわいそうな目を向けるだろうし、普通なら同情するし。
……まぁ、この話は置いておこう。
ともあれ、柊は溜め息を吐くと辺りを見回した。
――――そこには、ダンジョンがあった。
えらく強い防壁があるが、それを柊は認識することが出来た。
「なるほど、これがそのダンジョンか」
「……え? 柊くん、何か、見えるの?」
だが、どうやらなのはには見破ることが出来なかったらしい。
柊は、防壁の向こうにうっすらと見えるダンジョンに指を向けるとなのはに説明する。
「――――ああ、あそこにダンジョンがある」
「え? ダンジョンって……でも、ここ地上だよね?」
「――――なの、は?」
そこに来て、なのはの様子が少しばかりおかしい事に気付く。
なのはの反応が、殆ど一般人――――イノセントと変わらないのだ。
まさか、と、柊は思い至る。
――――なのはは、異世界から来たとは言え、月衣を纏っていない。 即ち、その能力は潜在的なものは別としてイノセントと対して変わらないのだ。
つまり――――
(今のなのははイノセントってことかよ!?)
――――余り、やりたくはないが柊は月衣から自らの魔剣を引き抜く。
だが、なのははそれを見ても対して驚かない。
「どうしたの? 柊くん」
「――――いや、なんでもねぇ」
柊は、魔剣を右手に持ち、アンゼロットから渡されたものの一つ――――この防御結界を消し去るアイテムを取り出した。
「――――なのは、これから結界を解除するが、油断するなよ?……ここから先は、何が起こるかわからねぇからな」
「……う、うん」
――――なのはの心臓が高鳴る。
それは、戦いに対する恐怖であった。
……この先に、ベール=ゼファーが居る可能性が高いのだ。 彼女の中に、死への恐怖が強く蘇り始めていた。
慌ててバリアジャケットを纏おうとする――――が。
「――――あれ? れ、レイジングハート?」
『――――』
しかし、レイジングハートは一切反応を返さなかった。
まるで、ただのガラス玉になってしまったように、一切の反応を返さない。
――――一瞬、彼女の中で最悪の可能性が浮かぶ。
即ち、ベール=ゼファーとの戦闘によって壊れてしまったのではないか、と。
「レイジングハート!?」
「――――どうした、なのは?」
「う、うん……ごめんね、ちょっと待って……?!」
――――だが、それは偶然か柊の意思とは関係なしに結界の力は、柊の持つ装置によって解除されてしまう。
途端、現れたのは真紅の血の様な赤い、紅い月。
それは、侵魔の現れる世界であり、夜闇の魔法使いと一般人の世界を分ける境界線。
日常と、非日常が分けられる瞬間だった。
「――――侵魔!? なのは、構えろ!!」
「う、うん!! レイジングハート!?」
『マスター!?』
「レイジングハート! 良かった!!」
――――しかし、皮肉にも紅い月が現れ、月匣が張られたことによって、高町なのはの持つレイジングハートが反応を返すようになった。
そう、高町なのはは取り戻したのだ、魔法という力を。
「レイジングハート、行くよ!!」
『はい!』
そしてなのはは、白き自らのバリアジャケットを纏い、自らの愛杖レイジングハートを手に持つ。
無論、リミッターをかけた姿ではない。 彼女の本来持つバリアジャケットだった。
なのはがバリアジャケットを纏う間、柊は辺りに気を配り鋭く視線を辺りにめぐらせる。
そして――――
「あっちか! 行くぞ、なのは!!」
「う、うん!」
柊の言葉に頷くと、なのはと柊は走り始める。
直後――――その方角から、かなり大き目の爆発が起きた。
――――そして、なのはにはその爆発元にある魔力に覚えがあった。
「ま、まさか……?!」
「どうしたんだ、なのは?」
「う、うん……私、多分、この向こうにいる人を――――知ってる」
そう、彼女は知っていた。
――――視界が開ける、その向こうにいる人物を――――
「フェイトちゃん!!! はやてちゃん!!!」
「――――なのはっ!?」「――――なのはちゃん!?」
そう、何せその二人は彼女の親友なのだから――――
「これで――――終わりだッ!!!」
炎を纏った柊の魔剣が最後の侵魔を貫いた。
マジックブレードによる炎の付加により放たれたそれは、侵魔を塵へと還元し、それを魔石へと変化させた。
今までこの場で猛威を振るっていた、最後の侵魔が消えると、辺りには静寂が漂った。
柊は自らの持つそれを片手に、辺りを見回して気配を探る。 だが、どうやらここいらにいる侵魔は先ほどの奴で最後だったらしく、気配は完全になくなっていた。
「ふう」
そこまで理解すると、柊は一つ大きく溜め息を吐き、後ろを振り向いた。
そこに居たのは、身体中に傷を負った二人の少女とそれを治療する、白いバリアジャケットを着たなのはだった。
どうやら、見た目ほど傷は酷くないらしく、時折顔をしかめているものの、割と二人とも大丈夫そうだった。
柊はその様子を見ると、魔剣を月衣へと収めた。
「おーい、そっちは大丈夫か?」
「あ、うん。 フェイトちゃんもはやてちゃんも見た目ほど傷は酷くないよ」
柊は、三人の下へとゆったりと歩きながらなのは達に声をかける。
二人は、柊が突然剣を消したり、その圧倒的な戦闘力を目の当たりにして、目を白黒させていた。
何せ、彼女達が戦っていた相手は、宝石のような形をした侵魔で彼女達の攻撃が一切通らなかったのだ。 それを、一撃で下した柊の実力は一体どれほどのものかと、戦慄を覚えているのだ。
――――まぁ、実際は、単純に魔法を主体に戦う魔導師では侵魔――――水晶の魔と呼ばれるそれとは絶対的に相性が悪かったのだ。 水晶の魔とは、‘魔法水晶’と呼ばれる特殊能力を持ち、その身に受ける魔法を完全に反射する力を持つ。
その点で言えば、柊は水晶の魔とは非常に相性がいい。
魔剣使いは魔法ではなく、物理攻撃を主体とした技を放つ。 魔器開放によるなぎ払いにより水晶の魔を綺麗さっぱり駆逐し、残りの魔力に弱い侵魔をマジックブレードの付加効果によりあっさりと叩き潰した。
ここら辺は、流石は何度も世界を救ったベテランウィザードといったところだろう。
「そっか、良かったな、なのは。 それと、二人とも」
「うん、ありがとうね、柊くん」
「う、うん、ありがとう――――柊?」「あ、えーと、ありがとうございます――――柊っ!?」
なのはに続き、フェイトとはやても彼に感謝の言葉を伝えたが、その時に出てきた名前に二人は驚愕の表情を浮かべた。
余りの様子の変化に、柊は目を白黒させながらも疑問を口にする。
「そ、それで――――二人とも、っていうかなのはもあわせて三人だけど――――別世界の人間なんだろ? なのははともかくとして、二人ともどうしてここに来てるんだ?」
なのはは、はっきりと言えば事故でこの世界にやってきたといえる。
――――もしかしたら、それもベール=ゼファーにとっては予定調和かもしれないが(かの魔王がそこまで考えているかは不明というか、考えていない可能性のほうが大)、それにしたって彼女達二人がここに居るのはおかしいだろう。
というか、よくもアンゼロットに見つからずに世界結界を抜けてこられたものだ。 下手をすれば、二人とも侵魔扱いされて、ウィザード達に追っかけられることになった可能性もあるのだ。
それゆえの柊の疑問なのだが――――その疑問は、はやてが出した手紙によって解決する。
「私らは――――この手紙によって、ここに来たんです」
「――――これは、ベルからの手紙か!?」
柊蓮司にとっては、宿敵であり、共闘すらした魔王である‘ベール=ゼファー’。 その手紙には、明らかに柊宛であるメッセージもいくつか用意されていた。
というか、名指しである。 あの魔王、柊を意地でも前面に出させるつもりである。
「あんにゃろう……! 人の知らないところで、勝手に参加者にすんじゃねぇよ……!」
憤慨する柊だったが、すでに柊はこの戦いに参加することを決めている。
これはあくまで、自分の意思を無視した言葉に対する憤慨であった。
だが、なのはは柊とは短い付き合いとはいえ、その性格を理解し始めているなのはと違ってフェイトとはやてにとってみれば、勝手な参加に対する怒りへの否定に見えても仕方がなかった。
「え、えと……それで、私達に着いてきてもらえるの、かな?」
おずおずと言ったフェイトの言葉に、柊は一瞬キョトンとした表情を返した。
そして、ああ、と、気付くと彼女達の言葉にこれまたあっさりと頷いた。
「――――元々任務だからな、つーか、ここまで言われたんならいかねぇわけにはいかねぇだろう?」
「え、でも……危険だよ? すごく」
「――――そんなの今更だな、世界を滅ぶるクラスの戦いなら、この世界じゃ一週間に一回くらい下手をすれば起きてるしな」
はやてとフェイトは、その言葉を冗談と取ったのだろう。 苦笑して応じたが、アンゼロットから現状を聞いているなのはは顔を引きつらせた。
――――そう、この世界では世界滅亡の危機なんて、本当に日常茶飯事で起きているのだ。 ラース=フェリアとかにくらべれば幾分マシではあるが、最近は侵魔どころか、新たに冥魔と呼ばれるものたちすら現れている。
世界の危機は、それに比例して増えていたりする。
「まぁともかく、この手紙の内容は了解したぜ。 と、そういえば、自己紹介してなかったか。 一応知っているとは思うけど、‘魔剣使い’の柊蓮司だ。 えーと……」
「時空管理局の魔導師でフェイト=T=ハラオウンです。 その、よろしくお願いします、柊蓮司さん」
「私はなのはちゃんとフェイトちゃんと同じで、八神はやてや、よろしゅうな、柊蓮司さん」
「おう、よろしくな……えーとフェイトとはやてでいいか?」
その言葉に、二人はうなずいた。
なのはは、その様子を見てどことなく安堵の溜め息を吐くのだった。
自己紹介を終えた一同は、先程、柊が見つけた洞窟に向かうことにした。
結界を解いたせいだろうか? 月匣が張られた状態のままになっている。
――――あるいは、ベール=ゼファーが既に月匣を張り、柊達を逃げられないようにしたのだろうか?
直感的に、柊は前者よりも後者の方が確立が高いと考えていた。 あの、遊び好きな魔王のことだ、格好の遊び相手を逃がすようなことはけしてしまい。
洞窟の前に立ったとき、柊は一同を見回した。
「大体わかってると思うけど、こっから先は敵の基地だ。 覚悟はいいか?」
「――――私らは、ここに来たときから覚悟はできとるよ。 なぁ、フェイトちゃん」
「そうだね……うん、私達は大丈夫。 ね、なのは……?」
そこまで言って、なのはの様子がおかしいことに、付き合いの長いフェイトは気付いた。
どことなく顔色が悪く、お世辞にも本調子のようには見えなかった。
いつにないその様子に、フェイトとはやては心配そうになのはを見た。
どことなく、声をかけ辛そうにしている二人に先んじて柊が心配そうに声をかけた。
「……なのは、大丈夫か?」
「え、あ、う、うん! 大丈夫だよ! うん、私は大丈夫……」
しかし、結局なのはの最後の言葉は尻すぼみになった。
彼女の目には、あの、圧倒的なベール=ゼファーの威容が焼きついている。 自らの最高の魔法をあっさりと突破し、決死の一撃すら傷一つつけることが出来なかった、あの、姿が。
何よりも、あの、死に直面したときの、暗く、昏い、闇の中に沈んでいくあの感覚が彼女の心を縛っていた。
「な、なのはちゃん、ホンマに大丈夫か?……あれやけど、なのはちゃん、調子悪いんだったら戻ってもええんやよ?」
「そうだよなのは、無理したら元も子もないよ?」
親友二人の優しい言葉に、思わず甘えたくなるが、それは高町なのはの戦闘者としての心が許さなかった。
――――それに、直感があった。 ここで引いてしまえば、なのはは戦う者として致命的な何かを失ってしまうことを。
「二人共、ありがとう――――でも、うん、大丈夫だよ。 私は、行くよ」
「いいんだな、なのは?」
「――――うん。 素直に言うと、逃げたいけど。 でも、ここで逃げたら、きっと私の中にあるものが崩れちゃうから……」
その言葉を受けた柊は、にっと口元に笑みを浮かべ、グッと顔の隣で親指を立てた。
「安心しろよ、なのは。 何かあったら、俺等がフォローするから、な?」
そうだろ? と、フェイトとはやてに柊は笑いかけた。
二人共、その柊の言葉に、当然だとばかりに笑顔で頷きながら言う。
「勿論や。 なぁ、フェイトちゃん?」
「うん、そんなの当たり前だよ。 だって、私達はお友達じゃない」
「フェイトちゃん、はやてちゃん……ありがとう」
(二人共――――本当に、ありがとう)
フェイトとはやての言葉に、なのはは心のそこから感謝した。
そして勿論――――
「柊くんもありがとう。 私、がんばるね」
「おう」
この、心優しい青年にも、なのはは強く感謝の念を抱いた。
選ばれし者達は、ぽっかりと口を空けている闇の中へと入っていった。
――――そして。
「うどわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!?」
先頭に立っていた柊は、いきなり横薙ぎに払われた。
唖然とする一同が見てみれば、丸太が柊に命中し彼を壁へとめり込ませていた。
余りの光景に、呆然とする一同を尻目に、柊が丸太を蹴り飛ばして粉砕しながら戻ってきた。
「いってぇ……い、いきなりトラップかよ……」
「え、えーと、大丈夫、なの?」
一同を代表して、なのはが言葉をつむいだ。
まぁ、なんというか、その感想も当然だろう。
勿論、柊蓮司がこの程度でどうにかなるわけはない。
「ん? あぁ、この程度なら平気だぜ。 回避はミスったけど受身は取ったからダメージはねぇし」
「壁にたたきつけられたら、受身も何もないと思うんやけど……」
……はやてのいうとおりなのだが、そこはそれ、防御ジャッジには成功したということで納得してもらいたい。
思わぬトラブルではあったが、このダンジョンにはトラップが仕掛けてあることを理解し、一同は気を引き締めたとき。
ガコンと音がした。
思わず顔を引きつらせて、一同は振り返るとそこにはフェイトが引きつった顔で足元を見ていた。
足元には、明らかに凹みがあり、それがトラップであることを示唆させていた。
――――そして。
グワァァァァァァァァァン!
「ごうっ!?」
‘なぜか’柊の頭に、盥が振ってきた。
「ぶふぅっ!? ど、ドリフかいな!?」
思わず噴き出し、ツッコンだはやてを、誰が攻められようか。
なのはとフェイトは噴き出しそうにはなったが、かろうじて押さえ込めた。
と、言うか、さすがにフェイトは吹くわけにはいかなかった。 なにせ、今回は自分のせいで柊は酷い目にあったのだから。
……くれは辺りだと、大笑いしながらごめんごめーん、程度で済ませそうな気がするが。
ともあれ、フェイトには柊に話しかける義務があった。
「だ、大丈夫、えーと、蓮司?」
「――――おう」
頭に盥を載せたまま、柊は声をまったいらにして答えた。
――――そして思う。
(やべぇ、このメンバートラップ探知系の魔法誰も持ってねぇよ……)
そう、この世界のトラップに彼女達の世界の探知は効かない。 なぜなら、ミッドもベルカも魔法が関わっている探知のものには通用するのだが、魔法がかかってない一般的なトラップには通用しないのだ。
――――柊は思い出す。 エリスとくれはと向かった、某古代都市を。
そして勿論――――
「うぉ?!」
――――彼は、見事に引っかかり続けた。
……結局の所、あれから柊はひたすらひたすら罠にかかり続けた。
先頭に立っていたせいか…あるいは、本人の持っているあの力のせいで、柊の運勢が下がったのかもしれない。
いずれにせよ彼は、もういいだろ!? と、いうレベルで罠に引っかかった。 これだけ、盛大に引っかかってれば、罠を仕掛けたほうも本望だろう。
だがなぜかしらないが、この男、ダメージは一切受けていなかった。
――――だからだろうか。
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」
「――――っ! あ、あかん! もう、無理やわっ!! あ、あはははははは!!!!」
罠から這い出てきた柊を、向かえたのははやてだった。
どうやら、先ほどからコント並みの罠の引っかかり具合に、腹筋が完全にブレイクしてしまったらしい。
ひぃひぃ言いながら、はやては笑い声を上げた。
「だ、駄目だよはやて、笑っちゃ……」
「そんな言うても、フェイトちゃんも涙目やん! いやあ、しっかし、ここまで素でどこぞのなんたら大爆笑をやるなんて、あんた、笑いの才能あるで!」
「うっせぇよ!?」
笑顔でサムズアップするはやてに、柊は思わずビシリとツッコミを入れた。
そのあまりの反射の良さに、はやてはサムズアップをさらに強めた。
「そのツッコミもナイスや! どや、私と組んでお笑い界に笑いの旋風を巻き起こすのは!?」
「うぉい!! つーか、好きでこんな風に引っかかってるわけじゃねぇよ!?!?」
「だから貴重なんやよ!」
はやての最後の言葉に、がっくりと頭をたれる柊。
そして、頭を上げてみれば、なのはとフェイトもそのやり取りがおかしかったのか、クスクスと笑っていた。
(……ちょっとは、緊張が解けたみてぇだな)
その為に罠に引っかかり続けたわけではなかったが、思わぬ効果があった。
パーティの中に漂っていた過ぎた、といえるほどの緊張はすでに無く、どことなく全員リラックスしたようだった。
――――幸いなことに、まだ敵もそれ程多くは遭遇していない。
「……つーか、進むぞ」
「りょうかーい」「うん」「はい」
三人は、それぞれの個性を示すように返事を返す。
柊はその様子を見て、ふうと溜め息を漏らすと、三人の一番前に立とうとして――――
「うぉ!?」
――――結局また罠に引っかかった。
実に学習能力の無い男である。
「ん?」
「どうしたの? なのは」
そんな馬鹿げたやり取りを終えた後、しばらく進むと、なのはが声を上げた。
白いバリアジャケットに身を包んだ少女は、横を指差すとその先にあるものに自らの指先を合わせた。
「あ、うん。 あそこに何かがあるみたい」
「お、なんか見つけたのか?」
柊が、指の先にあるものに視線を合わせる。
そこにあるのは石版だった。
薄暗いダンジョン内ではわりとよく探さないと見えなかったであろうものではあったが。 確かに、そこに存在していた。
「……石版か」
「なんやろ、あれ?……結構露骨やなぁ」
あまりにも、どうどうと鎮座しているそれに、逆に疑問を持ったのか、はやてがむー、とうなりながら石版を見る。
柊もそれは同様らしく、首をひねっていた。
「……どうするの?」
「――――確認、するしかないよね」
だが、それでも全員の意思は決まっていた。
本来なら怪しい石版には触れないで居るのが普通なのだが、正直現在手がかりが一切無い。 多少は危険を顧みないでも、今は情報が少しでもほしかったのだ。 闇雲に進むというのもあるが、最終的な敵は、あの蝿の女王である。 どちらのほうがリスクがあるかは自明の理だ。
まぁ、選択肢が無いとも言うが。
柊の手元にある回復薬はHポーション×10(アンゼロットがいつの間にか紛れ込ませたらしい、あと、自分で入手していた)と、なぜか数が多い。
そのせいもあった。
「じゃあ、ちょっと見てくるね」
「お、おい、なのは、俺が行くぞ?」
なのはの突然の行動に慌てて柊がそう言うが、なのははあはは、と、笑うと被りを振った。
「大丈夫だよ、これくらいなら」
そういうと、柊の心配をよそになのはは石版に近付いた。
――――結論から言えば、柊の心配は当たってしまうことになる。
近付いたなのははキョロキョロと辺りを警戒しながら近付いた。 そして、その石版に触れる。
――――刹那。
カッ!!
「きゃっ!?」「ぐっ!?」「きゃ…っ!?」「なんや?!」
石版から閃光が辺りに巻き散らかされ一瞬全員の視界を奪う。
全員が、慌てて目を開けたとき。
「……っ、しまった!!」
なのはの周りには、五体のゴーレムが鎮座していた――――