第一章/
出逢い〜魔剣の使い手と折れた不屈の魔導師〜
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
落ちて行く、落ちて行く、落ちて行く――――

一切の光と闇が混合する中を、高町なのはは落ちて行った。

彼女のには意識もなく、残された力もほぼなかった。

女性の肉体は激しく傷ついており、もう、後十分もすれば死という名の永遠の闇が訪れることになるだろう。

――――だが、ここに来て不思議なことに、彼女の肉体は何かに引き寄せられるように方角を変え始めた。

それは、不可思議な力に引かれるように、牽引されていく――――そのせいだろうか、彼女が落下している速度が下
がったのは。

だが、それは或いは運命の悪戯だったのかもしれない。

――――運命は回り始める、一人の青年と女性の運命の出会いは。


















その日、柊蓮司は本当に奇跡的といって良いほど平和な日々を謳歌していた。

後背の少女も、学校が休みらしく、幼馴染は忙しかったらしいが久方ぶりに一緒に食事をとり、その食事に太鼓を打っ
た。

世界の守護者も、大魔王も襲撃してくることはなく、彼の日常としてはあり得ないほどに平和な日々だった。

――――まぁ、そもそもである、月・火・水・木・金・土・日と一日も休むことなくどこぞの世界の守護者に……しかも、2
4時間体制で働かせられているのである、労働基準法? そんな物はどこぞの裏界(ファー・サイド)にでも殴り捨ててしまえと言わんばかりである。

そんな彼である、あり得ないほどの幸せな日常を、やはり彼にとってはあり得ないレベルで謳歌し、時刻は23時59分
――――就寝しようとしている所であった。

まるで平和なその日は――――翌日になってからは一分も持たなかった。

そう、時刻が24時00分――――即ち、00時00分を指し示したその時! みょい〜んと言う音と共に、柊の死角の空
間が穿たれる。

流石に歴戦のウィザードである柊は、その気配に気付いたのだろう、即座に彼の持つ魔剣を月衣から取り出し、臨戦
体制を整えた。



――――また、アンゼロットか!?



――――どうやら、彼の敵は冥魔や、ではないようだが。

また、というところに実にそのアンゼロットの襲撃回数の多さが見て取れる。

我々が知っているだけでも、10は有に超えるので、それ以外にもあることを考えれば、もしかしたら来年までにはそ
の襲撃回数は三桁に達する可能性すらあり得る。

……なんとも嫌な現実である。

だが、今回はどうやらアンゼロットの襲撃らしいものではないらしい。 あの、えらく軽い守護者の声が全くといって聞
こえてこないのだ。

だが、そうなれば、彼のウィザードとして養ってきた感が警鐘を鳴らす、これは明らかに異常事態であるという警鐘を。

――――そして、それはやってきた。

現れたのは、半裸といって良いほど服が破れ所々に傷を負った女性である。



「へっ?」



幾ら柊でもこの展開は今までに経験したことはない。いや、全裸の少女が降って来たことはあったか。

――――まぁ、もっとも、普通のウィザードやかなり特殊なウィザードでも、異世界に召喚されたり、異世界から人がやっ
てきたりというのを、こうも頻繁に経験する人間は柊蓮司という男以外存在しないだろう。

それはともかく、柊の目の前に現れた女性はそのまま方向を転換することなく柊の方へと落ちてきた。



「て、うぉわっ!? 一体何なんだよ!? つーか、前にもあったぞこのパターン! って、おい、大丈夫か!?」



思わず受け止めてしまう柊だが、直に感じるその柔らかい感覚に、流石に少し戸惑う――――暇もなく、その女性の
傷の深さに今更ながら気付く。

そして、その傷がどれほど重度なものなのかも――――



「て、マジでやばいじゃねぇか!?」



柊は、女性をゆっくりと傷が更に開かないように横たえると、慌てて月衣の中にしまってあるものを漁る。

だが――――



「やべぇ!? ヒールポーションは以前の戦闘でつかっちまったじゃねぇか!?」



――――魔剣使いである柊は、単独向きではないのに、時たま単独で動かさせられる。

その時には、ヒールポーションがかなり入用になるのだ。

だから、ヒールポーションの消耗度も激しかったりする。



「やべぇ……! くれはんとこに連絡しても、間にあわねぇ可能性が高い……! くそっ!!……いや、待てよッ!」



――――だが、ふと、あることを思い出す。

それは、以前任務の依頼を終了させたとき、本当に珍しいことだがアンゼロットが物凄く機嫌が良かったときがあった
のだ。

そして、その時、任務の依頼料以外にももらったものがあった――――それを、アンゼロットが渡したものということで
使用することを戸惑っていたものがあったのだ。



「――――あった!!!」



それは、押入れに入れておいた、虎の子のヒールポーション+30と死活の石。 ヒールポーションの方は金額に直す
と、実に160万vというとんでもない代物だ。

……アンゼロットから渡されたものだから、使用した後何を言われるか分からなかったので使用しなかったが、現状背
に腹は変えられない。

柊は、女性に死活の石を当て、石を砕いた後、ヒールポーションの栓を迷うことなく開封し、女性の傷にかける。

――――見知らぬ人間でも、助けられる人間は迷うことなく助ける――――それが、柊蓮司という男であった。

じゅっ……という音と共に、少女の傷は見る間にふさがっていく――――が。



「……くそ、マジやべぇな」



傷はやはりヒールポーションのおかげで簡単にふさがったが、彼女の体温が極端に下がっていた。

――――冷静に考えれば、数分の間とは言え、体から血を流し続けたのだ、それは当然であろう。

このまま行けば――――衰弱死は免れなかった。

その為には――――



「あー……なんつーか……わりぃ、犬にかまれたとでも思ってくれ」



そう言うと柊は、ヒールポーションの口を口に当てると――――口の中に含んだヒールポーションを、その女性の柔ら
かい唇へと落としヒールポーションを飲ませた。


















「あ……ぅ……・?」



ぼんやりと頭がしていた。

これほどの最悪の目覚めはいつ以来だろうかと、なのはは頭の中で考えた。

彼女が管理局に入ってからは――――否、管理局に入る前の早朝の訓練を開始してから、彼女は朝をできるだけ早
く起きることができるように、習慣を治した。

それ以来、朝は割とすっきりと起きるようにしていたのだが、今の彼女はそんなことをとりとめもなく考えるほど思考が
閑散としていた。

ふと天井を見てみると、そこは見知らぬ天井で、でも、その天井はどこか安心できた。



(――――日本、家屋……?)



それは、なのはが過ごしていた海鳴の、自宅の兄の部屋の雰囲気に似ていた。

純和風のその雰囲気は、幼い頃何度か入ってみた天井とそっくりだった。

――――そこまで考えたとき、ようやっとなのはの思考が少しずつ動き始めた。

元々、聡明な思考をするなのはである、一度動き始めると、その異常と言うか妙な状態にようやっと気付くことが出来
た。



「……え、あれ、え?!」



そう、見知らぬ、全く見知らぬ部屋に自分は寝ていたのだ、体を見てみれば服はきちんと着ている。

……これも全く見知らぬ、服ではあるが。

下着は――――残念ながら、着けていない。 それは、なのはの混乱に更に拍車をかけることになる。

――――高町なのはは、今年で19になるが、彼女が現在いる地位と仕事の忙しさから恋人なんて作る暇もなく、恋
愛なんてする暇もなかった。

それ故に、こういう事態に、かなりはっきりとうろばえてしまうのだ。

そして、こういうときに限って間の悪い男が居た。



「……お、目、覚めたか?」

「え……え!? ええええ!?」



混乱する思考の中で、なのはは顔を真っ赤にしながら考える。



(目の前に居る男の人が私を助けてくれたの? でもそうしたらつまり彼が私の服を着替えさせたりしちゃった!
ももももももも、もしかして、わたしいろいろとされちゃったのかな!? あれがあーしてこーしてあーなったりこー
なったり!? そ、そんなことまでなのーーーー!? 鬼畜なの、鬼畜なのーーーーー!?!?)



……どうやら、相当混乱しているようである。

っていか、何を想像しやがりましたこの娘は。

いぶかしげに思ったのか、男――――柊蓮司は、なのはへと話しかける。



「……おい、どうしたんだ? まだ、調子が悪いのか?」

「……ちょちょちょちょちょちょちょちょ、調子は……」



そこまで言って、必死に落ち着こうとして――――ようやっと色々と思い出した。

銀色の髪を持つ恐ろしくも美しい少女――――その少女に、ズタボロにされ敗北したことをようやっと彼女は思い出し
た。

ぶるりと彼女は死の恐怖と、あの絶望に恐怖をする。

体から恐怖と寒気が出て、彼女の体は小刻みに震え始めていた。

――――二度目の明確な死の恐怖。 それは、なのはの心に大きく闇を穿った。

再びなのはの思考が闇の中の恐怖に沈んでいこうとしたとき――――



「お、おい、大丈夫かよ? もしかして、まだ寒いのか?」



目の前に居る青年が、タイミングよく沈む前に声をかけた。

そのぶっきらぼうながらもどことなく優しい声に、なのははどことなく安堵を覚えつつ、それに答える。



「う、うん……なんとか、大丈夫、えと、あなたは……?」

「ん? ああ、俺は柊蓮司だ。 そういうあんたは?」



その言葉に、自分が名乗っていなかったことに気付き、なのはは慌てて自分の名を告げる。



「あ、ごめんなさい……私は、高町なのはです……えと……その、一つ、聞いて良いですか?」

「へ? あ、ああ、まぁ、俺も聞きたいことがあるから良いけどよ――――」



と、そこまで答えたときだった。

唐突にドアがバンッ! と、空き物凄い勢いで、一人の少女が乱入してきた。

唐突の事態に体も頭もついていかずに、二人は呆然とするが、それが柊蓮司にとって命取りだった。



「はわっーーー!
なにやってんのよ、ひいらぎぃーーーー!?」

「ぐぼぁぁあ!?」

「ひ、柊くーーーーん!?」



実に、芸術的なドロップキックが、紅白の衣装――――巫女服を着た少女によって、柊の脳天に炸裂した。



















時は、少々遡る。

紅白の衣装を着た少女――――赤羽くれはは、柊の姉――――京子の連絡で、柊の自宅に向かっていた。

なにやら面白いことが起きているとの事で、くれはに来て欲しいとのことだ。

くれは、エリスも誘おうかと思ったのだが、エリスは用事があるとの事で辞退した(実際は、前日に柊と二人っきりで逢
っていたことに、罪悪感みたいなものを感じていたのだが……)

そんな経由もあり、くれはは柊宅の前に居た。

――――くれはは、チャイムを押すことなく、ドアに手をかけるとそのまま遠慮なくドアを開けた。

既に、何度も入ったことがあるのでこの家はくれはにとっては殆ど自宅と変わらない感覚でいられる場所だった。



「京子おねえちゃーん、きましたよー」

「あ、来たね、くれはちゃん、入って入って♪」

「?……おじゃましまーす」



なんだか妙に機嫌の良い京子の様子をいぶかしみながら、‘面白い事’に関係しているのかな、と、考えあんまり深く
考えないことにした。

――――実際の所、京子が面白くなると思っているのはこれからなのだが。



「あの、それで京子おねーちゃん。 面白い事って?」

「いやーねぇ……うふふふ、実はさぁ……蓮司の奴が、女を連れ込んだのよねぇ」

「…………はぁ?」



……一瞬、何を言われているのか分からなかった。

その言葉のせいで、大半の理性を奪われながらも、くれはは引きつりそうになる顔を必死に押しとどめながら、言葉
をそれこそ必死でつむぐ。



「あ、あはははは……そ、そ、そ、そんな、柊がそんなことを出来るわけないじゃないですかー?」

「いや、それがもうマジなのよ、その娘ったら、服まで破けちゃってて、あたしが服着替えさせたんだけどね? いやぁ、
どんだけ激しくしたら、そんなことになるんだがねぇ」



ガタリと、くれはが表情を落とし立ち上がる。

その様子に、にやにやと京子は笑いながらもくれはの言葉を待った。



「京子さん、私、ちょっと、柊に、用ぅ事が、出来たんで、柊に、あってきます、ね」

「はーい、いってらっしゃーい♪」



ズンズンとくれは歩いていく。

その後ろには修羅が宿っていた。

――――っていうか、くれは気付け! 幾ら柊でも、そんなことをした後に姉の手を借りることなんてあり得ないから!

そのくれはの様子を見送った後、腕を組みながら京子はにやりと笑った。



「――――計画通り」



――――お前はどこぞの、キ○だ!?



















――――とまぁ、こんなことがあったわけだが、あの後、数十分にわたる幼馴染同士の言葉の押収(という名の一方
的な蹂躙)があったわけだが割愛。

柊は、なんとか怒れる巫女様の怒りを抑えることに成功した。

割とピンチだったのは、『あんたの秘密、ネットでばら撒いてやるんだからー!?』と『町内に、ビラをくばりまくってやる
ーー!?』の多段コンボだった。

柊は説明した、ともかく説明し倒した。

それで、ようやっと説明を終えたとき――――流石に今回は、くれはも縮こまっていた。



「あ、あははははは……ご、ごめんね、柊……」

「たく……」



呆然とその様子を見ていたなのはだったが、そのくれはの暴走の数々と柊の説明合戦のおかげで、おおよその事態
は把握できていた。

つまり、目の前の青年は命の恩人だったのだと。



「あ、あの……柊くん」

「あ、ああ? なんだ?」

「その、命を助けて貰ったみたいで……ありがとうございます」



ちなみに、着替えのことは押収合戦であったので知っていたので流石に落ち着く。

――――尚、流石に柊も口移しでヒールポーションを飲ませたことは言っていない、言えば、先程と同様なことが起こ
るのは目に見えていたからだ。



「ああ、気にしなくて良いよ、柊ってそういうの見ると放って置けないタイプだから」

「なんでお前が答えてるんだよ?……まぁ、そういうわけだから別に気にしなくて良いぞ? どーせ使ったのも、アンゼ
ロットからの依頼成功時のもらいもんだしな」



そういいながら、ひらひらと手を振る彼は本当に人が良いのだな、と、なのは理解した。……まぁ、使われたのが、16
0万v……日本円にして160万円もするもの+20万v……計、180万円ほどのものとしれば、色々と変わってくるだろ
うが。

見た目はちょっとだけ不良ぽいけど、その内面はとても誠実で優しい青年なんだと、彼女は今までの様子を見て理解
した。

――――そして、ここまで内面を互いに曝け出せる関係の二人を、どことなく羨ましく思った。

そんな風に見ていたときだった。



「あ、まずい!」

「ん? どうしたんだよ?」

「今日、ちょっと頼まれごとがあっていかなきゃいけない場所があるんだよ……すっかり忘れてたー!」



くれははドタバタドタバタとしながら、焦ったように声を上げた。

その様子に、柊は少しだけ呆れた表情をした。



「だったら急いだ方が良いんじゃねぇか?」

「う、うん、柊、私がいないからってこの人に手を出しちゃ駄目だからね!?」

「出すかっ! たく、早く行けよっ!」



ドタバタと騒がしい巫女は、最後の最後までドタバタと忙しかった。

――――嵐が過ぎ去った後のようにシーンとする、室内。

柊は思わず溜め息を吐きながら、なのはの方へと向いた。



「あー、とりあえず、高町――――」

「あ、なのはでいいですよ」

「お、おう? それならなのは、わりぃな怪我人の前でドタバタしちまってよ」



そう言って、ぽりぽりと頭をかく。



「ううん、気にしないで。 それよりも柊くんの聞きたいことって……なに?」

「あー……それなんだがよ、なのははどうしていきなりこんな所に降ってきたんだ?」

「降って……来た?」



ハテナ顔になるなのはに、柊はなのはが現れたときの状況を説明する。

次元の穴みたいなのが開き、そこからなのはが現れたことを。

なのははそれを聞き、少しばかり考え……



「……多分、私が次元渡航中攻撃を受けたせいだと思う、理由は分からないけど、偶然この世界のあなたの部屋に
来てしまっただと思う」

「……次元渡航? つーか、攻撃を受けたのか。 どんな奴から攻撃を受けたんだ?」



その瞬間、思い出されるのは銀色の髪を持つ、悪魔の如き力を持つ少女。 思い出すだけで、なのはの体が震えそ
うになるが、それを必死に抑えてなのはは柊の言葉に答える。



「……確か、銀髪の女の子――――制服の上に、ポンチョを羽織った子で……名前は」

「まさか……ベール=ゼファーか!?」



なのはの言葉が紡がれきる前に、柊は自らが何度も戦った宿敵ともいえる相手の名前をあげた。

――――なのはは、柊がそれを知っていることに驚く。



「柊くん……知ってるの!?」

「ああ、何度もやりあったからな……大魔王ベール=ゼファー――――あいつと戦ってよく生き残れたな……」



何度もやりあっている――――その言葉を聞き、なのはは驚きに目を見開いた。

ベール=ゼファーと直にやりあったなのはならわかる、あれは対立しただけで100%殺される相手だと。

だからこそ、何度も戦ってそれこそ生き残っている柊には驚愕に値するのだ。



「……うん、でも、あの後どうなったかは分からないんだ……ベール=ゼファーは最後に放った攻撃を防いだら、命は
助けるって言ってたけど……」

「なら大丈夫だ、あいつは罠とかしかけたりはするが、約束を破ることはねぇよ。 だから、なのはの仲間は大丈夫だ」



それは、何度も戦った相手だからこそわかるのだ。

ベール=ゼファーという相手は、一度約束したことをたがえることはしない相手なのだ。

――――涙ぐみそうになる、なのはの肩に手を置き、柊はなのはへと言う。



「それによ、なのはの仲間だって、強いんだろ? だったら信じてやろうぜ」

「――――柊、くん。 う、うん、そうだよね、フェイトちゃんやはやてちゃんが簡単にやられる分けないよね」



一瞬弱気になった思考、なのはは必死に建て直し、普段の自分を取り戻すためにシフトする。

そして、目の前に居る青年の目を見て、なのはは自分でも無茶と分かりながらも、目の前の青年に言葉を紡ぐ。



「柊くん……無茶だと分かっているんだけど、力を貸して欲しいの。 私の仲間を助けるために――――力を、貸して
ください」

「……ふう、分かった、行こうぜなのは」



――――殆ど間をあけるでもなく、あっさりと言えるほどに、柊蓮司は答えた。

その言葉に、むしろなのはの方が驚いたくらいだ。

まぁ…柊の周りの女性といえば、『はいかYES』だの『秘密をばらすわよ〜?』と言って、ほぼ強制的にやらせること
が多いのだ、むしろ柊からしてみればなのはの行動は良心的である。

それに第一に――――



「い、いいの? 自分でも……その、無茶なことを頼んでるって分かっているんだけど……」

「気にすんなよ、それに、ここまで事情を聞いて無碍にすることなんて俺にはできねぇよ」



そう、柊蓮司とはこういう男なのだ。 苦しんでたり、傷ついていたりする人間を放っておけず、下心なしに手伝おうと
する。

戸惑いの言葉を浮かべるなのに対して、柊は優しく微笑んだ。

その笑みを見たとき、なのはの中にある何かがずくんと小さくではあるが跳ねた――――

一瞬、柊のその優しげな笑みに思わず見とれてしまい、なのはははっとそれに気付き恥ずかしげに頬を染める。

しかし、まさにその一瞬の間隙をついて、突然中空に何かが浮かび上がりそこからアームぽい物が現れた。

なのはの方からは見えるが、柊のほうからはそれは見えなかった。



「ひ――――」



なのはの言葉が、きちんとした言葉になる前に、そのアームが無常にも柊へと向かって動いていた。

そして、柊もまた、そのアームの風切り音によってようやっと何が起きているのかを知覚する。



「うごわぁ!?」

「きゃあ!?」



容赦のかけらもなく、そのアーム――――柊キャッチャーver.4.5は柊の体を拘束する。

よりによって、このタイミングである。



(も、もしかして、私が柊くんに頼んだから――――それを察知した、魔王の襲撃!?)



だとしたら、これは非常にまずいことになる。

体の節々が悲鳴を上げかけるが、それを必死に我慢してなのはは近くにあった、紅い宝石――――レイジングハート
を見つけて、慌ててつかむといつものように、それを杖にしようとした。

だが、それよりも早く柊がこの元凶に対して悲鳴を上げた。



「あ、アンゼロット、てんめぇぇぇぇぇ!!」

「あ、アンゼロット?」



――――それは、高町なのはがこれから知り合うことになる、世界の守護者と呼ばれる存在の名。

そこで、なのはは知ることになる、これからの大きな運命のうねりを――――
侵魔(エミュレーター)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――――時空と次元の狭間にある世界。

そこにあるのは、一つの城とも言うべき荘厳な雰囲気を持った宮殿。

世界の守護者たる、アンゼロットの根城であるそこは、その城の支配者の名前を取って、アンゼロット宮殿と呼ばれて
いる。

真昼の月の二つ名で呼ばれる少女は、とても優雅な雰囲気を持ち、その力はレベル∞という規格外かつ破格の力を持
っていた。

――――と、言うのが一般的に知らせるアンゼロットの情報ではあるが、実際彼女はウィザード達にとってありがたい
存在もであるが、同時に果てしなく厄介な存在でもある。

世界の危機に対して、徹底かつ冷徹に挑むその姿には容赦がない。

その為に、あっさりと部下であるウィザードを見捨てるという判断するのだ。

だが、それだからこそ――――いや、それが出来なければ世界の守護者というものは勤まらない――――そういう事
なのであろう。

実際柊蓮司は、これまでに何度かアンゼロットと敵対関係になることがあった。

それは、自らの後輩である志宝エリスが――――仲間が、世界の敵と認識され抹殺されることになったからだ。

柊は、エリスを最終的には守りきり、全ての現況であるキリヒトを――――否、世界を見守るもの‘ゲイザー’を打ち倒
したのだ。

閑話休題。

確かに、そういう点でも厄介な側面を持っている存在ではあるが、柊蓮司にとっては、それ以上に厄介な側面を彼女
は持っていた。

――――世界の守護者‘アンゼロット’。 なぜか彼女は柊を玩具扱いするのだ。

具体的には、柊キャッチャーなどを使って柊蓮司をちょっぴり強引に城へ連れて行ったり、わざわざ柊の登校途中にリ
ムジン・ブルームで押しかけて、やっぱりちょっぴり強引にお城へご招待などなど、ともかく上げればキリがない。

と、言うよりも、回を負うごとにどんどんどんどんそのやり方が凝っていくのを見ると、明らかに遊んでいるようにしか見
えない。 と、言うか、それ以外に捕らえられない。

しかもである、こんな扱いを受けているのは柊だけというところが更に哀愁を漂わせる。

まぁ、それだけアンゼロットに気に入られているということだろう……多分。

そして、やはり今回も柊蓮司はちょっぴり強引に世界の守護者に連れさらわれていた。



「おはようございます! 柊さん! 今日も良い天気ですね」

「……確かに良い天気だよ、俺の気分は曇り空(さいあく)だけどな!!」



柊の言葉を受けても、アンゼロットは全くと言っても良いほど、そのイイ笑顔を変化させなかった、それどころか、平然と
こう言い切る。



「まぁ、それは大変ですね! こんないい天気なのに」

「誰のせいだよっ!? 毎回毎回、もう少し穏便に運びやがれ!!」

「それはともかく」



柊の魂の慟哭をそれこそあっさりと受け流す。 ギリギリと柊は歯軋りをし、アンゼロットをにらみつけるがそれすらも
アンゼロットは平然と受け流した。

アンゼロットは笑顔のまま続ける。



「それはともかく任務です、今回の任務は――――」

「――――あのっ、待ってください!!」


アンゼロットが言葉を続けようとした時、その言葉に割って入る声があった。

そちらの方へと二人は視線を向けると、ロンギヌスの一人に連れられた、一人の女性が立っていた。



「――――なのは?」

「どなたですか、柊さん?」



間髪いれずにアンゼロットが柊の言葉に反応する。

彼女自身、ここに呼んだのは柊ただ一人だった。 だから、ここに彼女が居るのを疑問に思っても仕方がない。

柊はなのはの方を一瞬見た後、アンゼロットに向き直る。



「あー、なんつーか、かんつーか」



柊は、昨夜に起きたことを簡潔に摘んで話していく。

話を聞いているうちに、色々と納得したのかアンゼロットは頷いた。



「そうですか――――では、なのはさん」

「は、はい」



アンゼロットは、柊と話しているときには余り見せない威厳――――世界の守護者としての威厳を放ちながらも、容赦
なく言葉を放つ。



「あなたの件は申し訳ないのですが、後回しとさせていただきます」

「そ、そんな!」

「はっきりと言わせていただきますと、直接関わらない限り異世界の事情を気にしている程の余裕は、今この世界に
は――――」

「――――まぁ、待てよ」



――――意外なことに、アンゼロットの言葉を止めたのは柊だった。

柊は言葉を続ける。



「今回の一件、案外となのはも関係があるかもしれないぜ?」

「――――と、言うと?」



柊の言葉に、興味を引かれたのか、アンゼロットは柊の言葉を促した。

アンゼロットの言葉を受けて、柊は言葉を続ける。



「なんでもな、なのは達を襲ったのはベール=ゼファーらしい」

「あの蝿娘が!? なるほど、それなら今回の一件と、無関係とはいえないですね」

「今回の一件と?……って事は、今回の依頼は――――」



アンゼロットは、柊の言葉を受けてコクリと頷き、重々しく言葉を吐き出す。



「ええ、今回の一件の首謀者は――――」

「え〜と、その前にいいですか……?」



だが、アンゼロットが言葉を終える前になのはが突然言葉を発した。

二人の視線が、なのはへと注がれる。

――――アンゼロットの方は、言葉を途中で止められてかなり不服そうだ。



「――――なんですか、なのはさん」

「その……いい加減、柊くんをおろしてあげたらどうかな、と」

「「……ああ!」」



ポンッと手を叩くアンゼロットと柊、つーか、気付け。

今だに宙吊りになっているというのに、シリアスな話をする二人。

どうも、この状況に違和感がなくなるくらい、何回も同じ事をしているようだ。

――――そして、この状況に慣れていることに、今更気付いた柊はがっくりと体を脱力させた。




















「――――こほん、では、改めて今回の首謀者の名前を言わせてもらいますね」



ちょっとしたトラブルはあったものの、二人をいつもの庭園へと案内し紅茶を勧めながら、アンゼロットはそう言った。

なのはは少し緊張気味に、柊もどことなく視線を鋭くさせながら言葉を待った。



「今回の首謀者は、大魔王ベール=ゼファー……彼女で間違えないでしょう」

「――――やっぱりか」



蝿の女王‘ベール=ゼファー’。

現在の裏界における第二位の実力の持ち主で、柊蓮司にとっても因縁浅からぬ相手である。

時として、共通の目的の為に共に戦ったことすらある相手だが――――故に、その厄介さと実力の高さは身にしみて
いる。

――――ともあれ、相手がベルならば今回も彼女の流儀で言えば、ゲームなのだろう。



(全く、厄介な奴が出てきたもんだ……)



心の中で溜め息を吐く。

そして、ふと横を見ると、真っ青な顔で震えているなのはが視界に入った。



「――――なのは? どうした、大丈夫か?」

「――――ッ! だ、大丈夫、大丈夫だよ……」



強張った顔のままそう言われても、一切の説得力がないが本人に話す気がないのであれば仕方がない。

柊は、一旦その事を思考の隅にやり、アンゼロットの言葉を待つ。



「彼女の目的は、‘光と闇の宝玉’。 その力は、ウィザードでないものをウィザードと同等の能力――――つまり、常
識の否定など月衣と同等の効果を発揮させます。 表向きは」

「……その言い方をするって事は、裏の使い方があるんだな?」

「ええ」



――――柊の言葉を受けたアンゼロットは、重々しく頷いた。

‘光と闇の宝玉‘――――光の力は、先程の能力だが、これはあくまで‘闇’の力の付属品でしかないらしい。

真の力は闇の力の方で、その力は人の心の闇を反映させ、その人間を絶望させる能力にあるらしい。

それは、本人の闇が濃ければ濃いほど心を埋め尽くし、最後には闇に落ちる。

それ故に、宝玉は封印されていた。



「どういう理由かは分かりませんが、ベール=ゼファーはそれを発見したようです。 そして、それを使って世界に絶望
を振りまく気でしょう」

「――――つまり、そいつがベルの手に渡る前に手にいれりゃあいいんだな?」



柊の言葉を受けて、アンゼロットは頷いた。

そして、いつものように世界の守護者として、彼女は柊に言う。



「引き受けて、くれますね?」

「ああ……所で、なのは、お前はどうする?」

「――――え?」



話を唐突に振られたなのはは、驚き目をぱちくりさせた。

柊はその様子に苦笑しながら、言葉を続ける。



「今回の一件、多分、なのははあんまり関係ないだろ? だったら、ここに留まって、元の世界に戻る方法をアンゼロット
に聞けば良い……アンゼロット?」

「ええ、その件に関しては私が責任を持ってどうにかします」

「だからよ、これからどうするんだ?」



――――その言葉を受けて、なのはの中に強い葛藤が生まれる。

はっきりと言おう。 今のなのはは、戦いに対して怯えていた。

大魔王ベール=ゼファー。 

闇の書以上の強さを持つその存在に、完膚なきまでに、抵抗することすら許されずに叩き潰されて。

あれ程の絶望感を味わったのは、エース・オブ・エースと呼ばれ、自身も高い実力持つなのはには初めてだったのだ。

ガジェットに襲われて、空を飛べなくなったときよりも酷い。

名を聞くだけでも、彼女の姿が思い浮かんでしまうくらいだ。

――――だから、彼女の中では戦いたくないという一つの意見と、もう一つ――――

――――このままでいいんだろうか、という葛藤が生まれていた。

このまま行けば、なのはは下手をすれば管理局員としても戦う者としても致命的な何かを残しかねなかった。 だから
こそ、次の一歩を進むために――――今ここで、戦うべきなのかもしれないと。

だが、それと同時に、今までかんじたことのないほどの恐怖が彼女の一歩を押しとどめてしまうのだ。

だからこそ、なのは問う。



「……柊、くん」

「なんだ?」

「柊くんは――――怖くないの……戦いが?」



突然問われた言葉に、柊は一瞬唖然とする。

だが、なのはの酷く不安そうで俯いてしまった顔を見て気を引き締めると、彼女の言葉の真意を探ろうとし、
直後――――本当の意味で、死の直前にあったなのはの姿が頭の中に浮かぶ。

直前にベール=ゼファーとやりあっていたのだ、あの傷はベール=ゼファーにつけられたものだろう。

だからこそ、理解できた。

そして、だからこそ、柊蓮司という男は笑顔で答える。



「怖くないかって、聞かれれば、こえーんだろうな」

「じゃあ、どうして――――」



――――戦うの?

その言葉は言葉にならなかった。

だが、柊はその言葉にならなかった部分をきちんと察した。



「簡単なことだ。 戦う怖さよりも、戦わなくて失う事の方が、よっぽどこぇからだよ」

「――――」

「だから、俺は戦って、守るんだよ」



――――そう、柊はそういう男なのだ。

仲間は見捨てない、世界も救う。

そんな絵空ごとにしか聞こえないことを平然と口にし――――全て、成功させたのだ。

大魔王をも上回る、皇帝‘シャイマール’の復活のとき。

彼は最後までエリスを助けることしか考えていなかった。

赤羽くれはの時も、世界とくれはの両方を救うために戦い――――結果、両方とも救った。

柊蓮司とは、そういう男なのだ。

――――そして、そういう男の言葉だからこそ、なのはの心にも届くのだ。

このまま行けば、ベール=ゼファーはなのはの世界にも手を出すだろう。

ならば、なのはの答えは決まっている。

なのはは顔を上げた、その瞳には怯えはあったが迷いはなかった。



「――――アンゼロットさん」

「はい」



アンゼロットもまた、その表情を見たときに彼女が言う言葉を予測していた。

なのはは、アンゼロットに向かって――――そして、自分に向かって言う。



「柊くんの手伝いをさせてください、お願いします」

「――――止めても無駄そうですね、分かりました、柊さん?」

「――――だな、たく、しゃーねぇなぁ……」



苦笑する柊の言葉が答えだった。

――――このとき、高町なのはは新しい一歩を踏み出せたのかもしれない。

だが、それでもまだ、彼女の中には闇が燻っている。

それが、吉と出るのか、凶と出るのかはまだ、分からなかった。
 
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