漆黒に染まる闇の空を見ながら、高町なのはは手を掲げた。

周りを囲む管理局の局員は、その様子を見て警戒心を強める。

――――だが、そんな事には意味がない――――理由は簡単だ。

人が、蟻を潰そうとして蟻が警戒をしてどうにかなるだろうか? そう、そんなことに意味はない。

 

「レイジングハート」

『アクセルシューター』

 

唱えられたのは、この時代では彼女が今だに覚えているはずがない魔法である。

アクセルシューター。

中距離誘導射撃魔法で、なのはの得意とする魔法の一つである――――同時に操れる最大弾数は32個である。

――――ただし、それは10年も後の未来の話である。

しかし、漆黒のバリアジャケットに身を包む少女は未来の彼女の最大弾数である32個のアクセルシューターを寸分違わず作り出し誘導して見せた。

 

「う、うわああああああああああ!?」

「し、シールドが貫かれっ……!」

「た、助けてぇぇぇ!!」

 

悲鳴が上がる。

だが、なのはにとってそんな事はどうでも良いことだった。

――――そう、なのはにとっては何人の人間が死のうが何人の人間が消えようが関係なかった。

ただ一人――――彼女の兄さえ居れば。

 

「お兄ちゃん……」

 

女性となった少女は、その身を震わせ自ら体を抱きしめる。

その瞳に強い狂気を浮かべ囁く。

どこか甘く、そして――――危うく。

彼女は求めていた――――兄の、存在を――――

ただ一人、待ち続けていた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 


――――アースラ内部

 

 

迷うことなく、俺はモニターから踵を返した。

漆黒の衣服を纏う少女は、紛れもなく俺の妹である高町なのはだろう。

――――体が大人の体になっても、俺にはなんとなく分かってしまった。

それは、赤ん坊のときからずっと見てきた妹だからこそ、分かったことだった。

そして、事情は分からないがなのはに異常があったのは間違えないだろう。 ならば、俺のうつ行動は迷うことなく決まっていた。

 

「どちらに向かうつもりですか?」

 

一番最初に気付いたのは、俺と直接相対していた女性――――リンディ=ハラオウンだった。

彼女はその端正に整った顔を僅かに顰めて言う。

彼女の言葉に、俺は歩きながら答えた。

 

「――――決まっています。 あそこに居るのは間違えなく、俺の妹の――――なのはです。 俺が、行かなくて――――誰が行くというんです?」

「……っ! 恭也さん?! あそこに居るのは……なのはなんですか!?」

 

フェイトは俺の言葉を受けて、歩み寄りながらも驚愕に瞳を見開いた。

――――無理もない、なのはの年齢はフェイトと変わらない筈だ。 そのなのはが、大人の女性に――――しかも、今まで以上の強力な魔法を使っているのだ。 普通では考えられない。

だが、俺にはアスコットという前例もあるのでそこまで理解に苦しむ内容ではないのだが……

――――それに、最近、これと似たような現象を間近で見ているのだ。

そう、俺の傍に寄って来たフェイト=テスタロッサという前例が。

だとすれば――――この一件も奴等が関わっている可能性が高い。

ならば、なのはを放って置く事など俺にできるわけがない!

 

「すみませんが、これで一回退出させてもらいます。 フェイト、戻るぞ」

「は、はい!」

「――――そうですね、後に応援が必要ならこちらからも送ります」

 

その言葉に、礼を言いながらも俺とフェイトはアースラを大急ぎで出た。

目指すは――――海鳴公園。

そこで、この事態を動かす大きな出来事が起こることを、今の俺はまだ知らない――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 


――――地獄。

そこに辿り着いた時、一番最初に浮かんできた俺の感想はそれだった。

結界の中とは言え、赤々と染まるそれは炎のように揺らめいていた。

自然と腰の物に手を置きそうになるが、それはしてはいけないことだ。

例え、これを起こしたのがなのはといえども、刃をぶつけるのは最後の手段――――まずは、話を聞くことが先決だろう。

空を見上げると、俺と同い年くらいの少女がゆっくりと自らの瞳を開いていた。

それは、迷うことなく俺という存在を見ていた。

――――切なげに揺れる瞳は、ただただ、子供のように純粋な色を浮かべていた。

その瞳を見たとき、俺は迷うことなく空に浮かび上がりなのはの目の前に行っていた。

 

「――――なの、は」

「あはっ、姿が変わっても私のことが分かるんだね、おにーちゃん!」

 

本当に嬉しそうに言うなのは。

――――その笑みは、普段のなのはと変わることがない。

それ故に――――そこに居るなのはは、普段と明らかに違うということが分かってしまった。

そう、こんな事を平然と出きるなのはは――――

 

「なのは――――なぜ、こんな事を……?」

「なぜ? だって、この人達は私に襲い掛かってきたんだよ? だったら――――死んでも仕方ないよね?」

 

でもね、と、なのはは続けた。

 

「――――殺してはいないよ、一応非殺傷設定で撃ったから。 だって、おにーちゃん、なのはが人殺しをしたら悲しむでしょう?」

「――――」

 

なのはの口からつむがれたその言葉に、俺は思わず絶句した。

それは、俺が知る高町なのはとは明らかに異質な存在だった。

 

「なのはっ……!」

 

俺の後を追ってだろう、フェイトが慌てた様子でこちらに来る。

途端に今まであった表情を完全に消し、なのはは能面のような顔を向けた。

 

「どうしてこんな事をするの……!?」

「――――フェイトちゃんには関係ないよ。 ううん、それよりも――――」

 

なのはは、レイジングハートを無造作に構えた。

――――まるで暴走するように集まる魔力と――――殺意。

直感だった、アレを受けたらフェイトは死ぬ、と。

 

「――――フェイト=テスタロッサ。 あなたは邪魔――――いらない。 だから――――死んで」

『ディバイン・バスター』

「っ!!!」

 

なのはから放たれる殺意の塊に、フェイトは反応が一瞬遅れる。

だが――――

 

ガガギィィン!!!

 

放たれた一撃を俺は八景で受け止め切り裂いた!

二つに割れた一条の光線は、その力を示すように二つの傷跡を海鳴公園に付けた。

 

「なのはっ……! 何をする!?」

「おにーちゃんこそ……なんで、フェイトちゃんを庇うの……?」

 

――――なのはは、悲しそうにそう言った。

ずきりとなのはの悲しそうな顔に痛みを覚えるが――――だが、それでも俺はなのはに問いたださなければいけない。

高町なのはの兄、高町恭也として!

 

「フェイトは、俺達の仲間だ――――! なのに、なぜ傷つけようとす――――」

「違うよ」

 

激昂する俺の言葉は、なのはの言葉に遮られた。

なのはの瞳の温度は既に絶対零度の域まで下がっていた。

――――暗い、昏いその瞳をフェイトに向けて言う。

 

「フェイト=テスタロッサは私の敵。 なのはが唯一つだけ望む存在(もの)を奪い取ろうとする――――敵」

「なのはが……望む存在(もの)……?」

 

フェイトはその言葉を聞き俯いた。

――――フェイトにはなんとなく分かっていた、なのはが唯一つ望んでいるものが――――なぜなら、自分もそれを、その位置を少しずつ欲しくなっていたから。

だから、フェイトにとっては次の言葉も予測できる範疇だった。

 

「だから、私にとっては獅堂光も敵――――絶対に許せない――――許さない、敵」

「――――光も!?」

 

光――――そう呼んだ瞬間、なのはの中から殺意と悪意が漆黒の魔力となって零れ出た。

 

「――――そうだよッ! 私は他には要らないッ! 何もいらないッ! おにーちゃんさえ、私を見てくれればッ!!!!!」

 

――――俺が、見てくれれば……?

俺は、これでもなのはをずっと見ていたつもりだった。

それでは、足りなかったのだろうか――――?

――――俺は気付いていなかった、なのはと俺の認識には大きく差があることを、兄妹だから、という固定概念がそこに行き着くことを邪魔していたのかもしれない。

だから、俺は、気付けない……

 

「だから、おにーちゃんを私から奪う人は、家族だとしても、友達だとしても――――許さない」

 

なのははそう言うと、杖を構えてフェイトに向けた。

――――クッ! ともかく、今は考えている暇ではないか!!

 

「だからフェイト=テスタロッサ、あなたは死んで?」

 

漆黒に染まった魔力弾が同様に闇色に染まったレイジングハートから放たれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:フェイト

 


 閃――――閃――――閃――――

美しい斬撃が空を舞う。

闇の中に閃く銀光は美しく、闇色に輝く弾丸を撃ち落した。

なのははそれを忌々しげに見る。 そこには、いつになく表情を落とした彼女の兄である、高町恭也さんが存在した。

表情を落としているものの、その内心は荒れ狂っていた。

恭也さんという存在が、高町なのはというかけがえないの妹(そんざい)を狂わせてしまった。 それが何より彼にとっては苛立たしく、自分を殴りつけてやりたい気分にさせているのだろう。

――――だが、今はそんな自分を叱咤している暇ではなかった。 それ以上に、目の前に居るかけがえのない大切な存在に自分の心の声を届かせることが重要だった。 故に、落としていた表情を浮かび上がらせている。

――――だが、恭也さんは気付かない自分の認識となのはの認識の一番の大きな差に。

それ故に――――

 

「なのはっ――――! 俺の話を――――」

「――――邪魔しないでよ、お兄ちゃん」

 

――――恭也さんの言葉はなのはには届かなかった。

唯一つのボタンを掛け違えているために、なのはと恭也さんの思いはけして繋がらないのだ。

だが、恭也にそれを認識しろいうのも、実際問題無理な話といえば無理な話なのだ。

――――仮に、彼等が兄妹でなかったとしても、9歳の少女が19歳の青年に告白して届くだろうか?

……残念ながら否、である。 普通は憧れや親愛の延長線だと思われてしまうだけだろう。 更に最悪なことに、なのはは恭也さんの実の妹である。

それゆえに、彼女の思いがそこまで届いているとは恭也さんが思えないのも仕方がない。

――――いや、そもそもなのはもそれが恋愛感情だと自分で理解しているとは言いがたい状態だった。 それどころか、本当にそれが恋愛感情なのかは、誰もが理解していないのである。

ただ一つ、なのはにとっては高町恭也という存在は大半を占めるほどに大切なものであるということだけは事実であるが。

それ故に――――彼女はそれを奪うものを無意識に排除しようとしていた。 そしてそれは光であり――――私であった。

幼い故の嫉妬か、それとも兄を自分のものにしてしまいたいという、強い嫉妬なのか。 それは、まだまだ幼い少女には理解するに至る物ではなかった。

だが、少女はその感情を爆発させていた。 既に、収まりがつかない程に。

故に、その刃は無常にも私に向けられた。

 

「すぐに済むから待っててね」

 

とびっきりの笑顔で言われたそれは、余りにも純粋だった。

――――そう純粋に、殺意を持って向けられた言葉だった。

なのはは恭也に向けた笑みを引っ込ませると顔から一切の表情を消し去り、闇色に染まった瞳を私へと向けた。

そこには感情がなく、それこそ路上に転がる石を見るかのような表情だった。

思わず、底冷えするような感情が私の中に浮かび上がった。

 

「……っ!」

「行くよ」

『フラッシュ・ムーブ』

 

私は、咄嗟に距離を取ろうとしたがそれすらも許さずになのはは一瞬で私との距離を詰めた。

ジャキリと突きつけられたそれに反応することが出来ず、私は一瞬体を完全に硬直させてしまった。

 

「終わりだね、フェイト=テスタロッサ」

「っ、ぐ……っ!?」

 

それが明暗を分けた。 何もなければ私は行動に移ることもなく、あっさりとその身に風穴を開けることになっただろう。

――――何も、なければ。

放たれたディバイン・バスターが空を突きぬけ暗雲を貫いた。

しかし、必殺を持って放たれたそれは私の体を貫くことはなかった。

ディバイン・バスターの閃光は、私の体を大きく外れて空を闇色に穿つだけだった。

忌々しそうになのはが、自らの持つ杖を現在掴んでいるもう一つの腕を見た。

そこに居たのは当然――――

 

「――――おにーちゃん、どうして、邪魔をするの?」

「させるわけがないだろう、なのはに人殺しなんて! それに、フェイトを殺させるなんて絶対に容認できん!」

「恭也さん……」

 

恭也さんの叫び声に、私は恭也さんが受けているであろう心の痛みに、思わず胸を締め付けられる想いになった。

自らの大切な妹が、友人を殺そうとするその姿を見て恭也さんのような優しい人間がなんとも思わないわけがなかった。

きっと間違えなく、その痛みに恭也さんの心は悲鳴を上げているのだろう。

なのはに誰かを傷つけさせないためにも、恭也さんはけして刃を下ろさないだろう。 どんなに、自分の心が痛かったとしても……

それこそが、高町恭也という男のあり方なのだから。

しかし、今のなのはにはそれすらも理解できなかった。 まだまだ短い付き合いしかない私ですら分かったそれを、今のなのはには理解することが出来なかった。 それが、私にはひどく不愉快だった……

故に、彼女は不思議そうな顔をした。

 

「おにーちゃん、どうしてそんな悲しそうな顔をしているの?」

「分からないの!? なのは!!」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の中に溜まりつつあった怒りが爆発した。

余りにも強い怒りに、なのはが僅かにたじろいだ程だ。

私は目に怒りの炎を灯しながらも、バルディッシュをなのはへと向けた。

 

「恭也さんが悲しんでいるのは、なのはが安易に人を殺すっていってるからだよ!? それも、私利私欲のためにそんなことを言うなんて、恭也さんが悲しむのは当たり前だよ!!?」

「――――ッうるさい! あなたに何が分かるっていうの!? あなたが――――あなた達が居たからァァァ!!!!」

 

怒りの方向と共に、なのはの周りにスフィアが現れる。

それは、なのはの周りを回転し、スフィアは容赦なく私に狙いを付ける。

 

「っ、バルディッシュ!!! 恭也さん、あなたは手を出さないでください!!!」

『了解です、マスター』

「……っ! フェイト!!?」

 

私は恭也さんの言葉には答えずにそのまま魔法を発動させる。

向けられた殺意のこもった力は、迷うことなく私を消滅させんと向かってくる。

だが、私とてAAAという高位ランクの魔導師である。 これ以上なのはに好き勝手にさせるつもりはなかった。

ソニック・ムーブの高速移動により、先程なのはがやったように高速移動を持ってなのはの前へと移動する。

 

(なのはは中・遠距離型の魔導師だ。 それなら―――― 一番苦手なミドルレンジを突く!)

 

「なのは、今は眠って!!!」

 

鎌の形になったバルディッシュを振り上げて、私はなのはに問答無用で振り下ろそうとした。

だが、私は見た、見てしまった。 にたりと口元に歪んだ笑みを浮かべるなのはを。

――――まずい!? そう私の全身に悪寒が走った瞬間には、既に遅かった。

私の手前には、巨大な魔力塊があり、それが彼女の使っていたスフィアの一つだと気付いた。

彼女の進む直射上にそれがあり、とてもではないが防げるものではないと私自身気付いていた。

だが、私とて高位魔導師だ、そのトラップをまともに喰らってやるつもりはなかった。

 

(っぐ……)

 

「……ぅああああああああああああああ!!!!」

 

なのはに振り下ろしていたバルディッシュの戦斧を無理やり方向転換させた。

そのままスフィアに振り下ろし――――スフィアに叩きつけた!

そして、スフィアはその衝撃を受けたせいだろう、‘私の方へだけ’爆発が起きた。 不自然な爆発の形に、明らかにそれがなのはによって設定されていたものだと否がおうにも理解するしかなかった。

爆煙が立ち込める中、爆煙を振りほどいてなのはの腕が無造作に突き出され私の首元を容赦なく掴んだ。

ギリリ……と、言う音と共に私の首元が締め付けられた。

 

「……あ、ぐっ!」

「……ふふ、言い忘れてたけどね、私の体の回りにはシールドと同時にスフィアをいくつか展開させてあったんだよ?」

 

口元に歪な笑みを浮かべたなのはは、私を見、嘲る。

私は痛みに半眼になりながらも、なのはを睨み付けた。

――――なのはには、その目が気に食わなかったらしい。

 

「――――何、その目は」

「……ぐぅっ!?」

 

ミシミシと軋む勢いで、私の首が締め付けられる。

しかし、なのはが私の目に気を取られた一瞬、私はその隙を逃すことなくバルディッシュに魔力を込めていた。

 

「っ、ちっ!」

「プラズマ……ランサー!!!」

 

なのはが私を宙へと投げつけ、スフィアの一つを盾にした瞬間。

私の持つバルディッシュから、魔力の雷が放出された。

放たれた雷は、なのはのスフィアが容赦なく迎撃し、撃墜した。

私は、ゴホゴホと咳き込みながらも視線をなのはからはずさなかった。

なのははその様子を忌々しそうに見ながら、私をねめつけた。

 

「いい加減、やられちゃってよ、フェイト=テスタロッサ!!!」

「……いい加減にするのは……なのはだッ!!!」

 

そして、私たちは三度目の戦いに挑むことになった。

――――皮肉なことに、立場を入れ替えた私達の戦いだった――――

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