暗黒の極彩が辺りを包み込んだ。
普段設定されているはずの非殺傷設定というご都合主義は見当たらず、その一撃は必滅の殺意を込めた一撃であった。
「ふふふ……っ」
黒きバリアジャケットに身を包んだ少女は可笑しそうに笑みを浮かべる。 その顔に貼り付けるのは、ひどく狂想的な笑み。
少女は自らの伸びた手足を見て笑う。
――――これなら、自分はあの人に釣り合う。
それは喜びだった――――
自らの体を抱きしめ少女は笑みを浮かべる。
それは悦びだった――――
あの人を受け入れられる自分の体に対する。
それは歓びだった――――
けして叶う筈のない願いが叶う。
しかし影が差す、黒い影が――――それは自分の邪魔をする存在。
金色の髪の、赤い髪の――――少女。
一人は酷く幼く、一人は女性として体ができかけていた。
黒いバリアジャケットの少女は、自らの瞳に憎しみと怒りを込めて己が杖を構えた。
――――いらない!
心の叫びが少女の魔力を黒く、黒く塗りつぶす。
魔力にこもる感情は、憎しみと嫉妬と怒り――――少女の大切なものを奪い取ろうとする感、情――――
――――いらない! いらない!!
彼女は他に何も望まなかった。 ただ、あの人を、あの人だけを――――
――――いらない! いらない!! いらない!!! いらない!!!!
怒りの念と共に、少女の魔力が放たれ――――
「………はちゃん、なのはちゃん」
声が――――聞こえた。
なのはの耳に涼やかな友の声が響く、どことなくその声音には心配の色も含まれていた。
目を開けてみると、そこは何度か見たことのある車の中だった。
落ち着いたその雰囲気に、なのはの心は酷く静かだった。
「大丈夫、なのはちゃん?」
――――友――――月村すずかの声を聞き、先程よりもずいぶんと楽になった気分になり振り向いた。
――――やっぱり、この前の一件の疲れが出たのかな?
そんな確信に近いことをを考えながらも、なのははすずかに答えた。
「うん、心配かけちゃってごめんね、すずかちゃん」
「ううん、気にしないで。 それよりも、本当に大丈夫?」
心配そうな友の声に、なのはは少しだけ申し訳ない気分になる。
心配を掛けさせてしまったのは、なのはにとっては酷く心苦しいことだった。
だから、なのはは勤めて明るい声を出す。
「大丈夫だよ、一杯眠ったから気分も良くなったし。 多分、疲れが出たんだと思う」
なのはは、笑顔を浮かべてそういった。
すずかは少しだけ心配そうな顔をしたが、なのはを眺めていて納得したのか頷くと言葉をつむぐ。
「そう、良かった。 でも、あんまり無理しないでね」
「うん……ごめんなさい」
少し咎める様な口調に、なのはは素直に謝った。
なのはの様子を見て、すずかはもう大丈夫と悟ったのかなのはを促す。
「なのはちゃん、お家に着いたから今日はゆっくり休んでね?」
「うん、ありがとうすずかちゃん」
「なのは様、ご無理はなさらないでください」
「あははは……ありがとう、ノエルさん」
いつも物静かなメイドにまで窘められたなのはは、ぺこりとお辞儀をして車から降りた。
なのはは最後にありがとうございました、と言い頭を下げると家の中にゆっくりと入っていった。
「……………」
すずかはなのはが家に入っていった所を見送ると、すぐに携帯電話を取り出した。
すずかにとってはもう一人の親友である、金髪の少女へと電話するためだ。
携帯の短縮を押すと、そこに入っている番号の一つへと掛ける。
すなわち――――アリサ=バニングスへと。
数回のコールの後、がちゃりと音がした後に携帯電話からアリサの声が聞こえた。
『もしもしすずか?』
「もしもしアリサちゃん、今、なのはちゃんを送り終わったよ」
その言葉を聞き、電話の向こうから安堵の吐息が聞こえた。
なのはが倒れるように眠ってから一番そわそわしていたのは彼女だったのだ、それも当然のことといえる。
アリサは昔、苛めっ子ですずかを苛めていたのだがなのはと、そしてその兄である恭也によって変わっていき、そして今では親友と呼べるくらいの仲になっていた。
だからこそ、これほど心配したのだ。
『それで、あの子どうだったのよ?』
「うん、体調は随分良くなってたみたい。 お昼も食べないで寝てたみたいだから……随分と疲れてみたいだけど、体が休んだせいかな?随分と良くなったみたい」
『そ……』
そっけない言葉だが、そこに込められている想いは強く、彼女にはその一言にどれだけのものが込められているのか理解できた。
――――すずかは、なのはの様子をできるだけ具体的に伝えながらも、一つだけ気に掛かることがあった。
そう、それはあり得ないほどに不気味な感情だった。
彼女がなのはに向けるには、余りにも不適切すぎて。
「……………」
『……すずか?』
一瞬沈黙したすずかに、アリサは話しかける。
あわててとりなすがすずかの心には疑念と痛みと困惑が残る。
最初の物には疑問を持ち、二つ目には友にそんな感情を抱いたことを、そして最後の言葉はそんな自分が思ったことに対してだ。
そう――――すずかの感性は、なのはに対してある感情を持っていた。
即ちそれは――――原初の時よりすべての存在が持ちえた感情――――
――――恐怖――――
その感情と、胸に宿る胸騒ぎに彼女は何か酷くいやな予感を感じていた。
「――――!!!」
「――――!!!」
なのはが自宅に着くと、リビングの方から何時もの様に言い争う声が聞こえてきた。
その声はなのはが良く知っている声で、ここ数年ずっと聞いている声だった。
「もう、レンちゃんも晶ちゃんも……」
何時も言い争ってばかりの、二人の姉的存在になのはは思わず顔を顰めた。
何度も何度も言っても、二人は結局喧嘩する事をやめなかった。
そもそも二人が喧嘩をすると割と洒落にならない。 だからこそ、なのははいつも止めに入るのだが。
なのははリビングの方へと向かい、そして、リビングのドアの前に立つと深呼吸をして一気にドアを開けた。
「こらー!! レンちゃん晶ちゃん、喧嘩しちゃだめですー!!」
「わわっ! な、な、な、なのちゃん!? こ、こ、これは緑亀が!!!」
「ウチのせいにするな!! 元はといえば、あんたがなぁ!」
「二人とも正座してください!! どーして、いつもいつも――――」
なのはが入ってきた途端言い訳に入るが、なのはにとってはそんな物は意味がない――――と、言うよりもいつもの言い訳と変わらないのでそれを沈黙させつつ、お説教に入った。
SIDE:恭也
アースラ艦内――――
辺りを見回してみれば、セフィーロとはまた違う形での‘異世界’が展開されていた。
どう考えても自分達の世界ではあり得ない機械技術に、かつてセーフィーロに再召喚されたときにセフィーロに攻めてきた、オートザムのの艦内が一番近いが、アレよりも遥かにサイズは大きい。
そんなとりとめもない感想を持ちながら、俺はフェイトと共に目の前にいるクロノ=ハラオウンの背中に着いていった。
今回フェイトについて来てもらったのにはいくつかの理由がある。
まずはそこそこの実力があること、次に今回の事情をある程度知っていることも理由の一つである。
そして、少人数にしたのはこの戦艦が‘敵’になるかもしれない相手の懐だからだ。
――――逃げ出すのだけならフェイトを抱えてなんとでもなるし、なによりもフェイト自身も速度に特化した魔導師だからだ。
――――まぁ、いざとなれば‘奥の手’を出すことも否ではないが……それは、できるだけ避けたい。 アレは強力すぎるし何よりもこの世界で召喚したくはない。
彼に着いて行ってしばらくすると、他とは違うドアの前に着いた。
ドアの前で立ち止まると、クロノ=ハラオウンはこちらを向いた。
「ここにかあ……ん、んん……艦長が居ます。 今回の一件についてはあなた方の方が詳しいでしょうから詳細の説明をお願いします」
「――――まぁ、構わんが。 こちらも聞きたいことがあるしな」
硬い表情をしているフェイトを横目で見ながらも俺はクロノ=ハラオウンに対して答えた。
その言葉を聞いたクロノ=ハラオウンは、俺達から視線を前のドアに移した。
そして、意外とと言っては失礼か? 張りのある声で、口を開いた。
「クロノ=ハラオウン、ブリッジインします」
「失礼する」「失礼します」
扉がプシュッという軽い音と共に開く。
中は予測どおりというかSF小説のままというか……やはりブリッジだった。
ブリッジの一番上の段、即ちブリッジ全体を見渡せるそこには緑の髪の女性の後姿があった。
彼女は椅子から立ち上がりこちらを振り向くと、笑みを浮かべながらこちらを振り向いた。
「お帰りなさい、ハラオウン執務官。 そちらが?」
「ええ、艦長。 こちらは高町恭也さんとフェイト=テスタロッサさん。 今回の一件に関わっている方たちです」
「高町恭也です」
「ふぇ、フェイト=テスタロッサです」
クロノ=ハラオウンの紹介に俺とフェイトは頭を下げながら挨拶を交わした。
―――― 一目見て分かったこの人を相手に油断をしてはいけない。 間違えなく、艦長と呼ばれるに相応しい実力がある。
敵対した場合、一番の強敵になるであろうことは即座に予測ついた。
まぁ、確実に敵対すると決まったわけではないが……
「ようこそアースラへ、私はこの艦の艦長を勤めさせていただいてるリンディ=ハラオウンです。 よろしくお願いしますね高町さんテスタロッサさん」
にっこりと笑いかけてくるリンディ=ハラオウンさん。
だが――――なんとなく分かる、その瞳の中に隠れている探るような色――――俺にはそれが理解できた。
だからこそ、無駄な雑談をするのは良くないと理解できた。
「早速で悪いのですが、現状を確認したいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、こちらとしても助かります」
微笑みを崩すことなくそう言う。 なるほど、これは微笑んではいるがポーカーフェイスだな。 中々やりにく――――
と、そこまで考えて俺は自分の思考に内心苦笑する。 やりにくいとは、敵対が確信しているわけではないのに俺は何を考えているのだか……
ともあれ、現状確認は必要だな。
なら、こちらから一枚目を切るか? いや、待てよ……
「ジュエルシードとはどういうものなのか、説明をお願いできますか?」
言外にこちらに攻撃的な姿勢を見せてでも手に入れるものなのか、という色を示唆しながら俺はリンディ=ハラオウンさんに聞く。
その意図は読み取れたのだろう、今まで見せていた微笑みを僅かに苦笑に変えながら答える。
「分かりました。 ジュエルシードに関してはどの程度のことを?」
「――――そう、ですね。 ロストロギアと呼ばれる遺産であること、21個あるらしいということ、それと周囲の動植物などにとりついて力を発揮するということ、といったことだけですね」
フェイトも同様だったのだろう、俺の言葉にコクリと頷いた。
どうやら、フェイト自身も俺と知っていることは余り変わらないらしい。
「――――そうですか、分かりました」
リンディ=ハラオウンさんは一瞬瞳を閉じる。 どうやら考えを纏めに入ったらしい。
一分くらいだろうか? その間に思考を纏めたらしく、彼女の瞳は開かれた。
「ジュエルシードとは、強大な魔力の結晶体です。 その特性は周囲の動植物の願いを無差別に叶える事」
「願いを?」
「ええ」
それには俺とフェイトは驚いた。
それと同時にいくつかの事に納得がいった。 ジュエルシードによって操られたフェイト――――それはフェイトを操った少女が指向性を持たせてやったこと。
即ち‘フェイトを操る’という願いを持って操ったこと。
病院のはやての一件もそうであろう。
そして、同時にフェイトにジュエルシードを集めさせていた者――――フェイトの母親の考えも見えてきた。
――――普通では叶わない願望――――魔法に、それも普通の魔法ではなく圧倒的な力を持つ魔法に頼ってでも叶えたい願望……
俺も多少なりとも魔法を使えるから分かる。 おそらく――――死者蘇生か時間回帰。 一応、もう一つあるがそれは考えたくないしフェイトの手前いうわけにもいかない。
「――――なるほど、いろいろ合点がいきました。 それほどの力なら‘回収したがる者も多いでしょう’?」
「ええ、‘ですから’当局が預かり管理すべきだと思いました」
言外から放たれる言葉に、互いに一歩も引かない。
――――多分、この人は信じても問題ないだろう。 なんとなくだがこの人は悪い人ではないのは分かる――――が、俺は時空管理局という組織を今だに信用できない。 なぜか警鐘がなっているのだ、が――――
ジュエルシードに関しては、俺は当事者のようで居て実は間接的な存在でしかない。
実際の理由は‘なのはの手伝い’=‘ユーノの手伝い’だ。
それにフェイトとアルフが心配なのも理由の一つ。
――――故に――――
「その件に関しては、ユーノ君――――元の所持者に委ねます」
俺が今回ユーノ君を連れてこなかったのは、ここでうかつな確実な判断をさせないためでもある。
早期のうちに頷き言質を取られるのは余りよろしくない。
「こちらも尋ねてよろしいですか?」
「――――なんですか?」
リンディ=ハラオウンさんの言葉に頷き、続きを促す。
彼女は、俺の様子を確認してから頷き俺とフェイトを見ながら言葉を放つ。
「あなたがた以外にもいくつか強力な魔法反応を感知しました。 不思議なことに、同じ魔力の存在が‘二つ’同時に存在することもありました――――このことに関して、知っていることはありますか?」
――――二つ?
セフィーロの常識で悪いが、魔力の質が全く同じ存在という者は見たことがない。
つまり、あり得ない――――
俺もフェイトも顔を見合わせるが、互いに思うところはないのだ。
「――――いえ、その件に関しては分かりませんが――――俺達とは別にジュエルシードを悪用している存在が居る事は確かです」
その言葉を聞いたとき、リンディ=ハラオウンさんとクロノ=ハラオウン君は同時に眉を顰めた。
それと同時に険しい表情をする。
「それはどういうことですか……?」
それは――――
そう、口にしようとしたときだった。
「か、艦長! きょ、強大な魔力反応です!! ら、ランクは――――S+ぅ!?!?」
「何ですって!?」
いきなり下のほうから声が上がり、ブリッジが唐突に慌しくなる。
フェイトも強大な魔力反応という言葉には驚いたのか驚愕の表情を見せていた。
管制官だろう、彼女は手元のコンソールに高速でコマンドを打ち込んでいく。
「モニターに出します!!」
その言葉と共に映ったのは、黒いバリアジャケットに身を包んだツインテールの俺と同い年位の女性だった。
――――しかし、その服装は俺の見たことのある服装だった。
本来白い筈のそれは黒く染まってはいるが聖祥の制服を少々改造した物だった。
新たな魔導師――――? 否、それは違う。
本能が言っている、彼女は俺の知らない存在じゃない、と。
モニターにアップで映る女性の姿は、俺の知っている――――あの娘に似ている。
――――少女の口元には笑みがあった、それは強い狂喜を孕んでいる。
そして少女の口元がゆっくりと動いた――――
「――――っ!! ま、さか……!?」
うっとりとした表情すら浮かべる少女は、自らの体を抱きしめただ、ただ同じ言葉を口にする。
それを見て、俺は確信してしまう。
そう、あの女性は――――年齢は違うが間違えなく――――
「な、のはなのか!?」
少女の口はまだ動いている――――ただ、それしか知らないように。
‘おにーちゃん’と……