静かな光が少女を包み込む。

暖かなその温もりは、少女の心をとろかせんとばかりに、穏やかに包み込んでいた。

水泡に包み込まれ、一糸纏わぬ少女は穏やかに心を眠らせていた。

それは深く、深く、そして甘い眠りであった。

光は、少女を眠りに包み込み、少女はそれに身を任せていた。

しかし、その穏やかな光のなかに一筋の影が差し込んだ――――そして、影は穏やかに少女を呼ぶ。

 

――――なのは。

 

――――と。

少女の、なのはの瞳が僅かに開く。

それは、少女にとって何よりもかけがえのない人の声だ。

 

「おに……い、ちゃん……?」

 

うつらうつらとする頭に鞭を打ち、なのはは瞳を開く。

穏やかな光はそれでもなのはを包み込もうとしていた。

だが、なのはの意思が頑なにそれを拒んだ。

時間を負うごとになのはの意識は覚醒していく、そして、なのはの瞳がしっかりと開かれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――ちさん、高町さん!」

「……ほえ?」

 

なのはは、誰かに呼ばれ瞳を開けた。

ぼーとした思考の中、自分を呼んでいる人の姿を無意識に探した。

ここは自分が通っている、聖祥の教室である。 突っ伏していた頭は重く、気分もあまりよくなかった。

そして、なのははまだ眠気の取れない頭の中で、その人の姿を探し当てた。 それは、なのはの担任である先生だった。

なのはの頭の中が少しずつ、普段の思考能力を取り戻してくる。

――――今、授業中……?

辺りを見回せば、なのははクラス全体の注目になっていることに気づいた。 カッと頬が真っ赤に染まる。

 

(――――もしかしてなのはは、居眠りしてたの……?)

 

そして、その思考を肯定するように担任の教師から、言葉が放たれた。

 

「珍しいですね、高町さんが居眠りをするなんて……それも、呼ばれるまで完全に気づかなかったようですし」

「あう……ごめんなさい」

 

なのはは素直に頭を下げた、どう考えても自分が悪いからだ。

しかし、教師はその様子を見てもいぶかしげだった。

なのはは、成績も良い方だし、とてもがんばる子だ。 それは、偶然とはいえ5年間担任をやっている先生はよく知っていた。 だからこそ、居眠りをするのには理由があるのだろうと先生は考えていた。

そして、よくよく見てみれば、なのはの顔色が余り良くない事がすぐにわかった。

先生は、思わず溜め息を吐く。

この子は、相も変わらず無茶をするらしい。

 

「……保険委員の子……確か、あなたでしたね」

「はい」

 

先生の言葉に、一人の生徒が手を上げた。

彼女は、それを確認すると、なのはを一瞬見てから言う。

 

「高町さんを、保健室へ連れて行ってください」

「! 先生、私は大丈夫です」

「顔色が悪いですし、居眠りをするほど体調が悪いのでしょう? おとなしく、保健室で休んでいなさい」

 

なのははそう言われて黙ってしまう。

実際体調は悪いし、居眠りまでしてしまっていた。 大丈夫といっても、顔色の悪さは隠せない。

なのはは、仕方がないので立ち上がると、保険委員の子供に連れられて行った。

 

「……………」「……………」

 

そして、それをじっと見つめていた視線には、体調の悪い彼女は気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、その頃……

高町恭也はフェイト=テスタロッサや獅堂光と共に、森を歩いていた。

目的は当然、先日起こった事件に関してのことだ。

この辺りには、かなり濃い魔力が残留しており、それが先日の戦闘の激しさを物語っていた。

それを見たフェイトは、ずきりと僅かに心が痛むのを感じた。

アルフや光、それに恭也に気付かれないように、こっそりとフェイトは恭也を見た。

恭也の体には、見えてはいないが疲労だけではなくいくつもの傷が昨日の戦闘で刻まれていた。

 

(それは――――私を守るための、傷。)

 

ひどい申し訳なさと共に、ずくんと何かが蠢くが、それは少女の中では形にはならなかった。

 

「どうしたんだい、フェイト? 恭也を見て」

「っ……! な、なんでもないよ、アルフ。 それよりも、恭也さん」

「……あぁ、俺と光、それになのはとフェイトに、アルフとユーノの魔力は感じられるな」

 

恭也の言った言葉に、フェイトは頷いた。

強力な魔力の残留の中には、確かに先程挙げられたメンバーの魔力が色濃く残っていた。 特に強かったのは、フェイトと恭也のものだが、それは今は関係ない。

そう、このメンバーの魔力は完全な形で残っていた。 そう、このメンバーは。

それを肯定するように、恭也は口を開いた。

 

「だが、それ以外の存在も居たのに、感じられたのはこのメンバーだけ、か。 不自然すぎるな」

「……私達以外も居たはずなのに、なんで魔力が残っていないんだ?」

 

光の口を滑って出たのは、ここに居る全員の疑問であった。

そう、恭也・なのは・フェイト・アルフ・ユーノ・光――――それ以外にも、ノヴァとフェイトを操ったものの魔力は残ってしかるべきなのだ。

特に、フェイトを操った存在はフェイトを通してとはいえ、強大な魔力を使用していたのだ。 いくらなんでも残留していないほうがおかしい。

そこまで思考が沈みかけたとき、恭也の中で強い警報が鳴り始めた。

恭也の中の、第六感が何かを告げているのだ。

そして、同時に感じる少量の魔力……!

 

「散れッ!!!」

『――――ッ!!!』

 

恭也は声と共に、一気に後ろに飛び騎士甲冑を装着する。

一歩遅れはするが、光、そして次にフェイトとアルフが即座に後方へと飛びずさり甲冑を、バリアジャケットを装着する。

恭也は、このメンバーの中で――――いや、魔法騎士達の中ですら、その気配を読む力はダントツだった、それ故に、隠蔽された魔力にすら気付けたのだ。

全員が飛び退いた後に放たれたのは、バインド魔法だった。 しかし、放たれたその時にはそこにはすでに誰も居ない。

 

「何者だ」

 

静かに、だが、よく通る声で恭也は中空を睨み付けながら言った。

恭也の視線を追うように、少女達もそれぞれ中空を見上げる。

拘束魔法とはいえ、いきなり放ってきたのだ、敵とも考えられる。

中空に居たのは、黒いバリアジャケットに身を包み込んだ少年だった。

首元まで包み込んだバリアジャケットに、手には杖を持っている。

少年は、恭也の方を見ると恭也と同様の漆黒の瞳を向け、静かに宣言した。

 

「僕は、時空管理局・執務官クロノ=ハラオウンだ」

 

少年――――クロノ=ハラオウンの言葉にフェイトとアルフは驚愕の表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時空管理局――――

各世界における警察と軍が一つになったような組織で、それは世界のありとあらゆる魔法に関する犯罪に介入する組織。

陸・海・空の魔導師からなる三つに軍隊を大きく分けるなど、軍の様式が見られる。

結論から言えば、期せずして母親の手伝いをしているという理由であれ犯罪に加担している以上、フェイト=テスタロッサとアルフにとっては最も会いたくない組織でもある。 そして、ここまで介入が早かったことも意外なことではあった。

恭也達の前に立ちはだかったのは、その中でも執務官と呼ばれる職にある少年だった。

執務官とは実質的に次元航行部隊実働部隊のトップにあたる要職である。

その少年――――クロノ=ハラオウンが介入してきたということは、それは時空管理局という組織が干渉してきたということだ。

――――しかし、恭也と光はこのことを知らなかった。

それ故に次に恭也の口から放たれた言葉は、当然の如く疑問であった。

 

 

 

 

 

 

 

 


SIDE:恭也

 

 

「時空管理局……?」

「そうだ」

 

バッと杖を突きつける少年に、俺と光は当惑していた。

ユーノやフェイトに目配せをしようとして、彼らの目が驚愕で見開いているのが見えた。

この状態では、立て直すのには時間がかかりそうだな。

そう判断すると、俺は少年のほうへと完全に意識を向けた。

 

「いきなり拘束魔法をかけようとするとは穏やかではないな、それで何のようだ?」

「――――確かにそれは失礼しました、ですがここに残っている魔力の残滓とあなた方の魔力が酷似していたので、注意の為です、無礼を働き申し訳ありません。」

 

――――どうやら、話はきちんとしてくれるようだな。

問答無用で戦闘にならなかったことに安堵しながら、俺は少年――――クロノ・ハラオウンに向き直った。

それを見てか光が俺に付随するように、言葉を放った。

 

「それで、何のようなんだ?」

「僕達の目的は遺失物指定ロストロギア‘ジュエルシード’の回収です」

 

――――ジュエルシードを、か?

 

「すまないがどういうことだ? そもそも俺達は管理局というものどういう物かすら分からないんだが……」

「管理局を知らない……もしかして、現地民の方ですか?」

「「ああ」」

 

俺と光が同時に頷くのを見て、クロノ執務官は他の三人を見た。

どうやら俺と同じように頷かなかった三人を見て、いぶかしんでいた様だが……何かに納得すると、視線を戻した。

 

「なるほど……だからあなた方二人の魔法はミッドとベルカのどちらにも……では、少しばかり説明をさせてもらって良いでしょうか?」

「頼む」

 

俺の言葉に、光は追随し頷いた。

フェイトとアルフは強張った表情をしていたが、二人の頭に「安心しろ」と、良いながらぽんと手をのせてやると少しだけ安堵したような表情になった。

それを見届けて、頭に手を置いたままクロノに先を促す。 彼は頷くと――――


「では、説明させてもらいます。 そもそも管理局とは――――」

 

――――管理局がどういう組織なのか説明に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

SIDE:主観

 

 

結局、なのははあの後ずっと眠りっぱなしで気付けば下校時間になっていた。

そもそも小学生であるなのはが、あれだけ巨大な戦闘に巻き込まれて大きな疲労をおっていないはずがないのだ。

体に掛かる負担に顔をしかめながら、寝起きの悪いなのはにしては珍しくはっきりと起きた。

同時になのはは頭痛も感じた。

 

「……なのは、ちゃん?」

「……すずかちゃん?」

 

自分を呼ぶ声に、そちらの方を向いてみるとそこには親友の一人である月村すずかがいた。

兄の友達であり、いつも兄の内縁の妻――――と、忌々しくも宣言している月村忍の妹である。

すずかは、なのはの様子を心配そうに見つめた。

 

「大丈夫、なのはちゃん? 気分はどう?」

「あ、うん……大丈夫だよ。 すずかちゃん」

 

なのはは、当たり障りのない返事を返した。

実際は倦怠感・頭痛と体に異変はあるが、友達である彼女に心配させるのは心苦しいという気遣いのために出た言葉だった。

無論、すずかには――――月村、という家の人間であるすずかにはそれは通用しない。

 

「だめだよ、なのはちゃん。 顔色がまだ良くないし……」

「――――」

 

なのはは答えない。

それがなのはの体調を雄弁に語っていた。

 

「今、ノエルさんに来てもらえるように頼んだから、今日はなのはちゃん家の車で帰ろう?」

「……うん」

 

親友の気遣いをうれしく思いながら、なのはは微笑を浮かべた。

だが――――

 

「その……それと、恭也さんに連絡してみたんだけど……」

「おにーちゃんに?」

 

突然出てきた兄の名になのはは無意識に反応を返した。

――――兄の携帯電話にかけたのなら、兄が自分を迎えに来るのは間違えない。

どうしたのだろうと思っていたらその返答は簡単に帰ってきた。

 

「電話がつながらないの、なのはちゃん何か知ってる?」

「おにーちゃん……出ないの?」

 

ええ……と言いながら、頷くすずか。 なのはは、その様子を見て不意に不安に襲われた。

もしかしたら、光さんと一緒にいるのかもしれない。 そういう思いが強くなりなのはの中で何かが蠢く。 それは、ひどく暗く昏い、じんわりとした想い――――

――――その変化を、月村の一族の一人である彼女は捕らえた。

 

「なのは、ちゃん?」

「――――あ、ううん、なんでもないよ」

 

外からはパタパタとスリッパの音が聞こえる。 外来のものしか使用しないそれを現在一番使う確立が高いのはノエルであろう。

すずかはなのはの様子に一抹の不安を覚えながらも、なのはを促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇が蠢く――――少女の心に。

熾烈に、苛烈に、鮮烈に――――小さかったものは少しずつ大きくなる。

少女は知らない、その感情を。

少女は知りえない、その感情を。

その感情は――――独占欲であり、嫉妬であるその感情の大本を――――

そして、己の考えもしないことを考え始めていることに、彼女は気付けなかった――――

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