ふわり、ふわりと体が浮かぶ感触を高町なのはは感じていた。

その不可思議な感触に、瞳を開けてみれば、辺り一帯全ては闇に包まれていた。 その感触は、彼女を包み込むようで、不思議と安堵感をもたらした。

人は闇を恐れるはずだというのに、高町なのはという少女にとっては、その感触はひどく心地よいものだった……

だが、その闇の中に、なのはが求めるものは見当たらない。

なのはが求めるものは当初より一つしかなかった。 幼いながらも、その気持ちを温め、そして大きくしてしまったなのはにとっては、その気持ちこそが真実だった。

恐ろしい事に、なのはは、それが恋愛感情だということを理解していた。 それはなのはにとって、男性とは彼だけであり、それ以外のものは、なのはにとって男性としての価値は一切ないからだ。 仮に、それが禁忌とされるものであったとしても。

――――そう、なのはが恋した相手は、実の兄である‘高町恭也’だった。

そこまで、なのはは思考する。

ついで、浮かぶのは兄の顔だった。 優しく、自分の頭を撫でてくれる兄は彼女にとって最も大切なものだった。

なのはの顔が、自然と綻ぶ、その顔には幸せそうな笑みが浮かんだ。

だが――――突如として、その顔は曇った。

思い起こされるのは、金色の髪をもつ少女、それは自らが知り合った位階の友人であるユーノ=スクライアが落とした、ジュエルシードを奪い合った相手であった。

兄を傷つけた彼女は許しがたいが、それでも、それは彼女のせいではないと納得できた。 だが、兄と笑いあうその姿に、なのはは嫉妬を覚えた。

それは良い、その程度は堪えられる。 第一、それはちょっとした兄に対する独占欲のようなもであり、恋愛の方面での痛みであはない。

次に頭の中に浮かんできたのは、関西弁の少女だった。 家にいる居候二号こと、幼馴染のレンと同じ関西弁を操る少女は足が不自由だった。 この少女も、兄の伝で知り合う事になった。 

――――心に痛みが走る。 だが、それも堪えられぬものではない。 その少女の瞳に映る、思慕の情もきっと兄に対するもののようなものだろう、彼女の家庭環境を考えれば理解できる。

だが――――次に襲った痛みは、前二つの比ではなかった。

最後に出てきたのは、赤い髪をもつ深紅の瞳を持った自分よりも姉に近い年頃の少女だった。

お下げにした髪に、あどけない瞳は年齢よりも若干少女の年齢を若く見せた。

兄と一緒に立つその姿は、ひどくお似合いで、なのはの心を強烈に沸き立たせた。

そして、何よりもその少女は、なのはだけが持つ特権を奪った少女でもあった。

今でも覚えている、彼女と出逢った時の痛みと悲しみと怒りと――――嫉妬を。

‘兄様’

ただ、その一言なのに、なのはの心には強い衝撃が走った。

なのはの姉である、美由希も昔はお兄ちゃんと恭也を呼んでいたのだが今では、恭ちゃんと呼んでいる。 妹的存在である二人は、師匠とお師匠と呼んでいるので問題外である。

だからだろう、なのはには自分が自分だけが兄と呼ぶ事に、ほんの少しの優越感を持っていた。

だが、突如現れた少女は恭也をそう呼んだ。 彼女――――獅堂 光は。

それだけなら――――それだけなら、なのはは光をそこまで苦手としなかった。 初期の心象はそこまで良いものではなかったが、それも、時間が修復してくれる範囲だった。

だが、なのはは見てしまった――――そう、あの光景を。

恭也と光が話し合っていた、ひどく楽しそうである二人に困惑しながらも見ていたなのはは――――光の唇が、恭也の頬に触れたところを。

その瞬間、なのはの持つ痛みは限界を超えた。 ただ、純粋な悲しみが心を覆い尽くす。

痛みと悲しみで、頭がおかしくなりそうだった。

――――なのはは知らないが、この時の恭也と光の事は実に事故といえる事でしかなかった。 その後、二人はひどくあたふたしてギクシャクしたのだが、その日の晩、なのはは調子が悪いからと自室に引きこもってしまったので、その事を知らない。

だが、なのはの頭の中にある事実は、光が恭也の頬にキスをしたという事実だけ。

その光景が何度もリフレインさせられる。

頭がおかしくなりそうだった。 心がぐちゃぐちゃになりそうだった。

あの日から――――高町なのはにとって、獅堂 光は天敵でしかなくなってしまった。

自分の特権を奪い、兄を奪い去ろうとする――――敵でしかなかった。

だから、なのはは光が苦手だった。 嫌悪しないのは、高町なのはがまだ心のどこかで彼女を認めておきたく、同時に、認めたくなかったせいだろうか?

兄は、いつか自分から離れるのだろうか?

それを考えるだけで、なのはの心が痛みに悲鳴を上げた。

頭の中には、見たくもないのにあの光景が渦巻く。

 

「いや……だ、いやだよぉ……」

 

幼い少女は、弱弱しく囁く。 だが、痛みは強烈で、けして薄れない。

 

<span style="color:#ff0000">「いやだ……」</span>

 

なのはの中に生まれてくる、不安と恐怖。 それは、更に形を大きくしていた。

 

<span style="color:#ff0000">「いやだ、いやだ、いやだ……」</span>


不安は恐怖に、恐怖は絶望へと変化していく。

 

<span style="color:#ff0000">「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ……」</span>

 

そして、絶望は更に形を変え少女の中で明確な形になるそれは――――


<span style="color:#ff0000">「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、いやだ、</span>いやだよぉ……!」

――――憎しみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 


朝日が差し込む部屋の中、なのはは瞳をゆっくりと開いた。

なのはの開かれた瞳はひどく虚ろであり、頼りなさげだった。

なのはは、起きたその瞬間に虚ろなその瞳を彷徨わせる。 あたりには見慣れた自分の部屋が広がっていた。 それが、彼女中の焦燥をひどく煽った。

ガバリと跳ね起きると、なのはは両手を突き出してその勢いでベッドをおきると、着替えるのすらもどかしく、走って行く。

向かう所は、決まっていた。

――――なのはは、迷うことなくさほど広くない距離をただ全力で走りぬけた。

いつもその人に会いに行く時に辿る道を。

 

(おにーちゃん……! おにーちゃん……!)

 

ただ、なのはは心の中で叫ぶように自らの兄を呼び続ける。

そうしないと、心が今にも壊れてしまいそうだったから。

いつも、兄の部屋を訪ねる時には、その時間ですら楽しめるのに、今のなのはにとって、この道のりは長く、いつもよりも早く動いているというのに、いつもよりも着くのが遅く感じられたくらいだ。

なのはは、兄の部屋の前に立つと襖を開けた。

そこには、彼女の最愛の兄が居た。

 

「……なのは、どうし――――」

 

恭也の言葉は、最後まで続かなかった。

彼にとっては、部屋の前に立つ僅か前から、分かっていた事だが、なのはに突然に抱きつかれるとは予測していなかったのだろう。 その瞳は、驚愕に彩られた。

恭也は疑問に思いつつ、下を向くとなのはが自分の腹の辺りに顔をうずくませていた。――――その小さい肩は震えていた。

 

「……なのは?」

「えっぐ……ひっく……うぇ…ぇぇ……!」

 

漏れでる声は、間違えなく泣き声だった。

恭也は、何が起きたかは理解できようもなかったが、自らの最も大切に育ててきた妹の泣き声を受けて頭を撫でた。

なのははずっと前から泣きたい事があると今のよう恭也に抱きつく事もあった。

怖い夢を見て、眠れなくなった時も、真っ先に彼女は恭也の元へとやってきた。

 

「なのは……」

<span style=font-size:x-small>「ぉ……にー…ちゃ……ひっく……居な…くな……うぇ……ら、な、い……ひっ…く……ね……?」</span>

 

それは、切実な心からの叫びだった。

ただ、兄が居なくなる事におびえてしまう、幼い少女の叫びだった。

恭也は、行き成り言われた事に流石に驚きながらも、誠意を持って自らの最愛の妹へと言葉を返した。

 

「何を馬鹿なことを言っている? 俺がなのはのそばから居なくなるなんて、ありえなん」

 

その言葉に、なのはは顔を見上げた。

腫れきり、真っ赤に充血した瞳はひどく痛々しいく恭也が顔を、思わず歪めてしまいそうになるが、それを必死に抑え込む。 なのはに心配させないために。

なのはは、縋る様な瞳で恭也を見ると、ただ大好きな兄へと言葉を放つ。

 

「本、当……?」

「本当だ、俺は、なのはが望む限りずっと傍に居るぞ?」

 

見つめる瞳を見返し、恭也は自らの思いを込めていった。

なのはの顔に喜びと、満面の笑みが広がる。

涙が流れた目は痛々しいが、それでもそこには満面の笑みが映ったのが分かる。

恭也は、その笑みを見て、自らも優しく微笑む。

――――だが、ここにある二者の思いにはひどく遠いすれ違いがあった。

もし、なのはの年齢があと六歳高ければ、なのはは自らの思いを告白したかもしれない。

もし、なのはの年齢があと六歳高ければ、自ら身を捧げてでも恭也を繋ぎとめようとしたかもれない。 それで、仮に断られたとしても、なのはの思いには一区切りができただろう。

いや――――なのは程感受性が豊かな少女ならば、きっと断られるかどうかも理解できていただろう。

だが、そこまで理解するには少女の心は育っていなかった。

人の心に機敏だからこそ、それは致命的な結果を招きかねないのだ。

 

(おにーちゃんは……私の傍にいてくれる……ずっと……)

 

その想いは、捻じ曲がり、狂気へと変化する。

 

(誰にも渡さない……おにーちゃんは……誰にも……)

 

歪む、歪む、捩れて歪む。

――――青年の想いは、妹への想いだった。 だが、少女の想いは――――

――――思慕、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


闇の中に、二人の少女が居た。

一人は金色の髪を持った少女で年の頃は10歳前後だろう、ふわりと浮くその髪の毛は金糸のようであった。

もう一人の少女は年の頃は15歳前後だろう、ロングの髪を持つ少女でその少女は桃色の髪を持っていた。 奇しくも、この少女は高町恭也に炎の矢を打ち込んだ少女であるノヴァだった。

本来、外見年齢を見れば、桃色の髪を持つ少女が‘姉’であろうか。

だが、この二人の場合は違った。

 

「お姉さま」

「なに? ノヴァ」

 

金色の髪の少女は姉であり、ノヴァは妹という立場だった。

ノヴァは嬉しそうに答えられた言葉に自らの言うべきことを返す。

 

「お母様と、お姉さまの言われたとおりに残りのジュエルシードは全て集めました」

「……ふふ、良い子ねノヴァ。 お母様もお喜びになるわ」

 

ノヴァはその言葉に、ぱあっと花の咲いたような笑みを浮かべた。 ノヴァにとって母にほめられる事は何もよりも嬉しい事なのだ。

ノヴァという少女は、愛に飢えていた。

彼女は――――であるから。

 

「見せてもらえる?」

「はい!」

 

その言葉に、ノヴァの周りには闇色に染まる宝玉が5つ集まった。

恭也達が集めたジュエルシードは16個だった。 すなわち、21あるジュエルシードは全て人の手に渡ったのだ。

闇色に染まるそれは、一つ一つが膨大な力を秘めていた。 金色の少女の顔が邪悪に笑う。

 

「ふふっ……これで、次のゲームが出来るわ。 楽しみよ……高町恭也……!」

 

金色の少女は、夢見る乙女のように言う。 それはどこか恋する乙女に似ていた。

いや――――事実、金色の少女は焦がれていた高町恭也との戦いに。

 

(ああ……早くあなたをこの手で切り裂きたい……! 破壊したい……! 狂わせたい……! あなたは一体どんな苦悶の表情を浮かべてくれるのかしら……!)

 

自然と体が火照ってくるのを感じる。 自らの体を抱きしめる手に力が入る。

少女は焦がれる、それはまるで恋人を待つ無垢な少女のように。

――――だが、同時に少女中で悲鳴が上がる。

それは、闇に狂う少女には聞えないほどに小さな声、それは、無垢なる叫び――――

それは、叫んでいた――――

 

 

誰か――――私を止めて、と。

 

 

 

 

 

 

 

 


――――同時刻

 

フェイト=テスタロッサは、今まで寝泊りしていた場所とは違う場所で目を覚ました。

瞳を開けると、隣でアルフが眠っていて、どこかそれに安心した。

――――ゆ、め?

どこか、現実感のないままフェイトは今見た夢を思い出す。

あの夢の中では、姉と呼ばれていた自分、そしてそこに居たのは――――ノヴァと呼ばれていた少女。 自らの中にジュエルシードを埋め込んだ――――敵。

不可思議な夢だった。

そもそも、一度乗っ取られたとはいえ、パスがもう繋がっているわけではない。 だから、あんな夢を、現実を見るわけがない。

――――ただの夢なのか?

一瞬、そんな考えすら浮かんでしまう。

だが、と、フェイトは今までの考えを否定した。

そうではないという確信はあった。 なぜか分からないが分かるのだ。 あれは間違えなく現実だ、と――――

そして、最後にうっすらと聞えた声――――それがひどく小さいながらも印象に残ったのだ。 私を止めて――――そう、叫んだ、小さな声が。

 

「なんなんだろう……?」

 

自分に起こった現象を不可解に思いながらも、僅かな予感があった。

あれは――――私が乗っ取られた時に、私を助けてくれたあの少女の言葉だったのではないか、と。

だが、私を止めて、とは、どういうことなのだろう?

 

「……あの子が、私を乗っ取った……?」

 

なら、なぜ私を助けてのだろうか? 意味が分からない。

だが、フェイトにはこれがひどく気になってしまった。 そして、一度気になりだしたらとまらなかった。

それならば、と、今最も頼れる人に参考意見を聞こうと、考え直した。

光の記憶を見たフェイトには、一人で無理をするとどうなるかというものも印象ずいていた、彼女の記憶を見たことはフェイト=テスタロッサという少女に良い意味での成長を遂げさせていた。

フェイトは、アルフにごめんと、言葉をかけると、彼女の頼りにする人――――高町恭也の部屋へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


泣き疲れたなのはを部屋に返した後、部屋の外から気配を感じた。

確認するまでもなく、そこに居たのは昨日助けた少女であるフェイト=テスタロッサだった。

 

「あの、恭也さん。 いらっしゃいますか?」

「……あぁ、どうしたんだ? 何か不便な事でもあったのか?」

 

着いてからそんなに時間は経っていない、だから、なにかあったのだろうかと当たりをつけたのだが、彼女はそれを否定した。

頭を振りながら、言葉を続ける。

 

「いえ……そうではないんですけど。 少し、気になる事がありまして」

「気になる事?」

 

――――先日、彼女は謎の存在に乗っ取られた。

そして、その時には光の記憶を見たという。 その、彼女が気になる事というのは、確かに大いに気がかりになりそうだ。

そして、俺のその予測は外れなかった。

 

「夢で――――その、ノヴァという少女の事を見たんです」

「ノヴァ……だ、と? それはどういうことなんだ?」

 

彼女はまた頭を振った。 どうやら、彼女にとっても寝耳に水な出来事のようで、フェイトは、酷く困惑した表情で自分の夢の出来事を鮮明に説明し始めた。

――――そして、益々疑問符が増える事になる。

思わず難しい顔になる俺に、フェイトは困ったような表情を作った。

 

「その……すいません、恭也さん。 困惑させるのは分かっているんですけど……」

「……光の記憶を見たのなら、分かるだろう? 気にせずに頼ってくれて構わないぞ」

 

かつての俺達の誓い――――それは、今でも俺を、俺達を形成する大切な物となっている。

 

「はい。 ‘みんなで’、ですよね?」

「そうだ。 ‘みんなで’、だ」

 

フェイトは少しだけ嬉しそうな顔で言った――――この少女にも、色々と理由があるのだろう。 その笑顔を見て、優しく微笑み返すとフェイトは嬉しそうに頬を染めた。

だから、俺は少しだけ彼女の中に入り込む事にした。

 

「フェイト……君は」

 

その一言で察したのだろう、フェイトは笑顔を消し、そして口を開いた。

 

「――――ジュエルシードの事、ですよね」

「……あぁ」

 

フェイトは少しだけ表情を落とした。

僅かに顔に影が灯るがそれでも、次に顔を上げた時には消えていた。 そして、彼女の持つ事情を話し始める。

 


「私は、母さんに言われてジュエルシードを集めてました。 理由は分かりませんけど――――私は母さんに喜んで欲しかったから」

「――――フェイト」

「でも――――」

 

フェイトは、今までとは違う決意をした表情を見せると、その眼差しに強い想いを乗せて言葉にする。

 

「――――それは、人を傷付けてまでやって良いことではないと、皮肉なんですけどね……光さんの記憶を見て、気付きました」

 

その顔には、あどけない少女には似つかわしくない、大人としての決意を瞳に秘めていた。

それはきっと――――そう、彼女の言うとおりに光の記憶を見たために、理解してしまったのだろう。

俺達は、あの戦いの時に色々な体験をした。 それは、幼かった自分達を一段落も二段落も大人へと無理やりに引き上げられたといえる。 残酷な現実、救わなければいけないと思っていた人を殺さなければいけない皮肉、友を操られた時の怒り、倒すべき敵の真実の心。 一歩間違えれば、俺達もその道に走るであろう――――暗黒。

俺達は、そうやって乗り越えてきた。

――――そして、追体験という形であれ、フェイトはそれを見たのだ。

だからこその、決意。

 

「私は――――母さんを止めようと思います」

「いいのか? きっと、辛いぞ……?」

「――――でも、私がやらなければいけないんだと思います。 あの人の、娘として……」

 

少女の決意は固い。 ならば、俺が、俺たちがしてやれる事は一つ。

 

「フェイト、忘れるなよ……俺も光もなのはも――――みんなが居るって事を、な」

「……はい」

 

少し涙ぐんだ表情で、フェイトは嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


朝――――と、呼ぶに微妙になった時間を俺達は過ごしていた。

流石に、本日はなのはを含む何人の人間に学校へ行く事を禁じられた。

俺自身も、ある程度魔法で治療したとはいえ、動けなくなる寸前まで追い詰められた今日、流石に学校へと行こうとは思わなかった。

とりあえず、なのはにはあの後俺と同じように休むように良い含めようとしたが、なのは自身がそれを拒み、学校へと向かった。

――――まぁ、確かになのは自身には対したダメージはない。 あっても、少しだけダルイ程度だろう。

その為、現在家にいるのは俺とフェイトと光とアルフとユーノくんだった。

ある意味においては、非常に都合のいい面子だった。

その為に、俺達はまず現状確認をする為に、居間に集まっていた。

 

「……と、言うわけなんです」

「そうだったのか……」

 

フェイトの言葉に、光は神妙に頷いた。

今現在、フェイトが何故この世界に来たのかを話しているところだった。

しかし、話を聞けば聞くほど妙である。

――――プレシア=テスタロッサ。 おそらく、今回の一件に深くかかわっている人物だ。 何の為に、ジュエルシードを集めているのかは、集めさせられているフェイトにも不明らしい。

それは、フェイトについてきた同行者であるアルフも同様であった。

フェイトの言葉を、アルフが補足する。

 

「それに、あのクソババア……もとい、プレシアは失敗した時にフェイトを――――」

 

その後は、聞かなくても分かった。

フェイトのバリアジャケットの下――――と、言っても肩の部分だが――――には、鞭で打たれた傷があった。 当初は、怪我の後かと思っていたのだが……まさか、自分の娘を鞭打つほどの外道――――なの、か?

しかし、それだと、先のフェイトの話とは随分と食い違う。

何か、見落としているんじゃないのか?

全員が沈黙しているところを見ると、皆一様に同意権らしい。

しばしの黙考の後、俺はその沈黙を破る。

 

「まぁ、フェイトの件は―――ーすまないが今は置いておこう。 それよりも……奴ら、だな」

 

全員が俺の言葉に頷いた。

――――そう、奴ら、ノヴァ達の事だ。

現在は姿を隠しているプレシアよりもはっきりとした脅威だ。

実際、その為にここに居るメンバーは集まっていると言っても過言ではない。

素直に言えば――――ジュエルシードだけならば、ここに居るメンバー全く問題がない。 いや、下手をすればもう既にこの件は片がついているだろう。

それが、片付かないのは――――奴ら、謎の集団だけだ。

分かっている事は本当に少ない。

1:狙いは俺と光。

2:なぜかジュエルシードを所持し、しかも使い方を知っている事。

3:光の記憶をフェイトが見ていることから、光とかかわり深い‘かも’しれない事。

4:ノヴァという少女と、姉、そしてお母様と呼ばれる存在が、最低でも存在する事。

――――それ位である。

現状において、奴らの正体は一切不明だということだ。

 

「敵の正体に関しては、全く何も分かってないじゃないか」

「見も蓋もない……」

 

アルフが囁いた言葉に、ユーノ君が失笑交じりに答えた。

その、失笑を受け、俺もまた苦笑してしまう。

フェイトが、アルフを咎めているが、まぁ、事実なので仕方がない。

 

「ともあれ、これからどう行動するんですか?」

「――――ああ。 とりあえずは、残りのジュエルシード回収する。

 

21あるジュエルシードも、残りは5つとかなり減った。

まずは、これを回収する事が先決だろうだろう、が。

問題が一つあった。

 

「既に回収されている可能性があるな……」

「あぁ……」

 

光の言葉に、一同は頷いた。

そう、プレシアはともかく、奴等――――ノヴァの居る集団は、人知れずジュエルシードを回収していた。

だから、既に回収されているという可能性は、かなり高いと考えるべきだろう。

事実、今日から数日、一切ジュエルシードは動きを見せないのだから。

 

「……あ、恭也さん、そろそろお時間ですよ」

「む……? そうか、もうそんな時間か」

 

いつの間にか、11時を周る時間になっていて。

現在家に暮らしている人間全員から、病院へ行って来いという指令が出ているので、俺は気だるい体を起こした。

俺の体は現在、魔力と体力が著しく減退していた。

実際問題、傷は癒えているのだが……やはり、先日の戦いは心身ともに疲れきってしまったらしい……これは、フィリス先生が恐ろしいな。

 

「……行ってくる」

「おきおつけて」

「兄様、いってらっしゃい」

「「いってらっしゃい」」

 

俺は、僅かに顔色を蒼ざめさせながらも、自宅を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自宅を後にした後、俺は真っ直ぐに病院へと向かっていた。

流石に、今日まで通院を誤魔化す気はない――――気は、非常に重いが。

ああ……なんでだろう、病院がゴゴゴ……って、音を立てているように見える。

いつものように、待合室で待っていると、そこに見知った少女の顔を見つけた。

あどけない顔立ちで、なのは達と同じくらいのその少女は――――

 

「はやて?」

「あ! 恭にぃ!」

 

ぱぁ、と向日葵のような笑顔を浮かべるとはやては、車椅子でこちらに移動してきた。

まるで、子犬のようである。

俺は、苦笑しながらはやてを迎えた。

 

「体は大丈夫か、はやて?」

「あはははは、足以外は大丈夫ですよー」

 

彼女は少しだけ足をさすると、僅かに表情に影を落とした。

彼女の体は、足――――下半身を除けば、健康体と変わらないらしい。 しかも、足が動かない理由は一切不明のようだ。

だが、俺が聞きたいのはそれだけではない。

 

「何か、‘変な事’はなかったか?」

「変な事? 大丈夫ですよー……そんなことあらへんです」

 

そう、あの日、ジュエルシードに取り浸かれた時のことを、言っていた。

どうやら、はやての中では完全に‘夢’として処理されているようだ。

はやてに気付かれないように、安堵の吐息を漏らすと、いつものように彼女と他愛のない会話を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ドクン、ドクンと心臓が高鳴る。

それはあの日を彷彿させるが、そんなレベルの問題ではない事は良くわかっていた。

フェイトと戦った時とも、微妙に似ている鼓動だが、決定的に違うのは、俺に待ち受けているのは、絶対の敗北だという事だけだ。

戦えば勝つ、それが、御神だが勝てぬ相手もいる。

いや、そもそも相手は戦いの舞台に上がっていない。 だから、戦いようがないのだ。

 

「ふふふふふ……恭也く〜ん?」

「は、はい。 何でしょうか、フィリス先生」

 

体に触れて、いぶかしげに思ったのかレントゲンを取り、そして、その結果を怖いくらいに笑顔で見つめているフィリス先生。

額には青筋がたっているのがとても恐ろしい。

 

<span style="font-size:x-large;">「これは、どういうつもりですかっ!!!!」</span>

 

そして、一括の後には涙目になりながらも怒りの表情が待ち構えていた。

――――だから、尚、心が痛む。

突きつけられたレントゲンの各部位には、所々に骨に皹が入っていた。 実際、昨日の時点ではアバラもいくつかやられていたし、手だって感覚がなかった。

 

「こんな怪我を―――― 一体どうして!? いえ! なんで、昨日の時点で教えてくれなかったんですか!? そんなに――――そんなに、私は頼りないですか……?!」

「違います」

 

俺は、瞳を閉じ、そう答えた。

それは違う、それだけは絶対に否定しなくてはいけない。 俺は、この目の前に居る、小さな医師に絶対的な信頼を置いている。 だからこそ、その言葉だけは絶対に否定しなければいけない。

 

「……すみません、本当は昨日のうちに来なければ行けなかったんですけど。 いけませんでした」

「……いけ、なかった?」


そこまで言いかけて、気付いたのだろう。

俺の顔色を見て、疲労の色が濃い事を。

――――つまり、魔法で治せる限界の範囲まで治している事を。

 

「――――まさか」

「……………」

 

フィリス先生は、この年齢できちんとした医者をしているほど優秀だ。

だからこそ察したのだろう。

これから、自宅の人間も世話になるだろうし――――話せる事は話しておくべきだろう。

 

「……すいません、フィリス先生。 お話します」

 

俺は、語れる部分を全て語る。

少々長い話になるが、今はそんな事を言っている暇ではなかった。

 

「そんな、事が――――」

「はい、ですからもしかしたら、かなり酷い傷を負う可能性も在ります」

「……………」

 

フィリス先生は、瞳を閉じて黙って聞いていた。

その瞳が、開かれた。

そこにあるのは、決意だった。

 

「恭也君、約束してください」

「……はい」

「必ず、生きて帰ってきてください」

 

フィリス先生の真剣なその言葉に、俺は自らの瞳に決意を宿し、誓う。

 

「はい、勿論です」

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