――――朱き時が終わり、闇が立ち込める時間の中、二人の少女が互いをにらみ合っていた。

赤い剣を構えた少女は、その場にいる少女の大切な人を傷つけたもう一人の少女を睨みすえていた。

桃色の髪を持った少女の顔には驚愕が貼り付けられていた。

しかし、少女は光るの顔を見て驚愕の顔を収める。

そして、次にあったのは――――

 

「ふふっ……」

 

まるで抑えきれないというかのごとく、少女は笑みを浮かべた。

そして、その笑みが更なる別のものに変化するのには時間は要らなかった。

 

「ふふふ……<span style=font-size:large>あは、ははははははっ!!!」</span>

 

浮かべるのは満面の笑顔だった。

そう、少女にとってはようやっとなのだ。 ようやっと、彼女が現れたのだ。

笑顔で笑い声を上げる、少女にもう一人の剣を持った少女――――ひかるは睨み付けるようにしながら大声を張り上げた。

 

「何がおかしいんだ!!」

 

光からすれば、それは当たり前だろう。

自分の大切な人をいきなり殺そうとした相手が、自分を見た途端大声で笑い声を上げたのだ、光のような優しい少女でもそれは受け入れがたいものがある。

もう一人の少女は、その光の声に、笑いを止めるが、その顔には僅かににやついた笑みを浮かべている。

 

「うふふふ……やぁぁっと会えたね、光」

「――――!?」

 

まるで平然と自分に近づいてくる、少女に光は目を剥いた。

威嚇するように刃を向けるが少女は平然と向かってくる。

――――それは、まるで光るが攻撃しないのが当たり前であるかのごとく。

少女は、薄く笑いながら光の顔の前にその顔を突き出した。

光は、それに合わせて逆に一歩引いた。

 

「おまえ、は……!?」

「うふふふ、私は――――」

 

そう言おうとした所だった、刹那、桃色の光弾が現れる。

その光弾をあっさりと出現させた刃で弾くと、光るから一気に離れた。

 

「誰ッ!?」

 

光に見せていた表情とは一変させて今まで一度も少女が見せた事のない表情を見せた。

それは憤怒――――ぎらつく瞳は今まで一度も見せた事のないものだ。

森の奥から現れたのは、白いバリアジャケットに身を包んだなのは。 それに、追随するように、人間の姿のアルフとユーノが現れた。

その姿を確認するや否、少女は怒りを爆発させた。

 

「お前たち……!?」

「――――おにーちゃん!?」

 

しかし、なのははその言葉には一切反応せずに、急加速すると自らのもっとも大切な人である兄の下へと向かった。

兄――――恭也は、全身から血を滴らせながらも、なのはの方を向いた。

 

「おにーちゃん!! 大丈夫!?」

「な、のは、か……ぐ、みっともない所を見せた、な」

 

そう言って辛そうに苦笑する恭也に、なのはの心臓は強い悲しみと憎悪で抉られていく。

泣きたいほど、悲しかった。

自然と溢れそうになる、涙を必死にこらえて、なのははぎゅっと自らの持つ杖を握り締めた。

 

「――――ユーノくん、アルフさん。 おにーちゃんの怪我を治してください」

「な、なのは?」

「――――あんた!?」

 

なのはは立ち上がると、きっと桃色の髪の少女を睨みつけた。

その目には、強大な憎悪と怒気があった。

その様子を見てだろう、桃色の髪の少女は溜飲が下がったのか笑みを浮かべる。

 

「どうする気なの?」

「おにーちゃんを傷つけたあなたは――――絶対に許さない!!」

「なのは! 待てっ!!」

 

なのはは杖を構えると、少女へと向けた。

なのはの周りに、桃色の光が集まる。 それはなのはの魔力だった。

強力で強大ななのはの魔力は、少女という憎悪の対象に対してその力の矛先を向けていた。

その様子を見て、光はいやな予感――――いや、確信を持って声をかけた。

このままでは、まずい、と――――

少女は語らない、何も言わなかった。

それが、なのはの中の何かをぷつりと切れさせた。

 


「絶対に――――
<span style=font-size:x-large>許さないんだからーーーーー!!!!!!」</span>

 

なのはの放った光弾は、少女へと向かった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放たれた桃色の光弾は、まごう事なき殺意を持って少女に襲い掛かった。

光弾と同じ色の髪を持つ少女は、口元に笑みを浮かべると、まるで壊れた人形のように哄笑を上げながら光弾をその手に持った刃で断ち切る。

 

(――――なのは!?)

 

憎悪に染まる目を見て、光はいけないと焦った。

 

(駄目だ、あれは、駄目だ!!)

「駄目だーーー!! なのはぁぁぁ!!!」

 

心の中だけでは収まらず、言葉にして出たその声は、なのはには届かない。

今のなのはには少女しか見えて、いない――――

光は強く歯がゆく思う、そのなのはのその様子を見て。

なのはは、光弾を作り続け、それを放っている。

 

「そんなものなのぉ? もぅ、こんなのじゃあ、遊びにもならないよっ!!!」

 

持っていた片方の刃が、少女の叫びとともに投げられる。

空間と光弾を切り裂いて迫るそれに、なのはは慌てて回避行動に移る。

 

「くっ……!」

「遅いよッ!!」

 

少女は、今まで刃を握っていた方を上空へとかざす。

かざされた左手から、赤い紅い炎が灯りそれは少女の腕を侵食した。

 


(まずいっ!!)

 

直感で光はそれがやばいと判断する。

慌てて我に返ると、光は即座になのはの前方へと走り始めた。

それと同時に、炎が少女の腕へと収束しきる。

そして、光の耳に聞こえたのは彼女にとっては最も馴染み深い魔法だった。

 

<i>「炎の――――矢ァッ!!」</i>

「!!!!!」

 

光の目が見開かれる、それはなぜならそれは彼女が最も使用し、最も得意とする魔法の一つだからだ。

‘炎の矢’――――光が異世界セフィーロにおいて最初に覚えた魔法である。

収束率、魔法のスピード、威力ともにバランスよく魔法としての錬度も彼女の操る‘赤い稲妻’に比べて良い。

赤い稲妻は威力・スピードはあるが収束率が‘炎の矢’に比べて劣る。

――――そして、何よりも‘マジックナイト’たる彼女の魔法であるという事であろう。 それは、つまり同じ魔法が使える人間はいないという事だ。

他の魔法かとも考えたが、収束パターンに魔法効率もあわせて、どれもこれも光の使う‘炎の矢’と同じものだった。

 

「!!!!!」

「終わりだよッ!!」

 

放たれた‘炎の矢’はなのはへと向かう。

レイジングハートがプロテクションを張るだろうが、それではけして持たないだろう。

案の定、プロテクションはあっさりと砕け散った。

なのはの体が、完全に硬直する。

――――レイジングハートのような、強力なデバイスがあるとはいえ、高町なのはという少女は、先日まではただの少女だったのだ。 こういうときに、戦闘経験の差が大きく出る。

このままいけば、なのははこの赤い炎の矢に焼き尽くされ命を終わらせるだろう。

――――だが。

 

<strong>「ハァァァァァァァァァッ!!!!」</strong>

 

無論、そんな事はさせるかと光が‘炎の矢’に刃を撃ち付け粉砕する。

呆然と目を見開くなのはに、光は静かに語りかける。

 

「大丈夫か、なのは」

「う、うん……ありがとう、ございます……」

 

俯いて言葉を返すなのは、後ろを振り向いていない光にはその表情は読み取れなかった。

にらめつけるようにして、少女を見据えると、少女はどこかつまらなそうな表情をしていた。

 

(……どうする? 後ろになのはがいる状態で、魔法合戦になるのは明らかに不利だ。 せめて、接近戦に持ち込めれば――――)

「……やーめた」

 

突然、そう、突然目の前にいる少女はそう言った。

その、突然の言葉に光は一瞬完全に固まってしまう。

 

「な、なに……?」

「だって、つまらないんだもん、せっかく光と会えたって言うのに邪魔が入るし。 恭也は手に入らないし。 今日はもう、帰る」

 

だだっこのようなその言葉に、光は一瞬言葉を忘れて呆然としてしまった。

後ろを向いた少女に、光は慌てて言葉をかける。

 

「ま、待て!!」

「あはは……♪ 光、今度はもっとゆっくりじっくりと会えるようにするね。 すっごく手の込んだショーを用意するからね♪」

 

踊るように跳ねながら、少女はそう言った。

その大きな瞳は、無邪気に笑う。

 

「今度は恭也も貰って行くね。 私知っているんだよ? 光は恭也が大好きなんだよね? だから――――全部、奪ってあげる」

「お前はっ……!!」

 

光がその言葉に愕然としている間に、少女の姿が薄れ始める。

慌てて、怒声を上げ引き止めようともするもそれは全く持って意味がない言葉でしかなかった。

そして、最後に少女が囁いた、それは、どことなく甘い毒を秘めていた。

 

「私は、ノヴァ――――光の全部を奪う存在だよ? 覚えておいてね、ひ・か・る……♪」

 

その言葉を最後に、少女の姿が霞のように消えて行った……

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「……うっ……」

 

体に走る鈍い痛みを感じて、俺は起き上がった。

――――視界の先には、赤色に染まる木々が見えた。

ぼんやりとする頭でそちらを見ると、視界に一人の少女が映った。 赤いおさげの髪を持つ少女――――光だ。

ぼんやりとする頭の中で、野宿をしていたんだっけ? と、考える。

いや、そもそもモコナハウス(仮称)があるから、外で野宿する必要は――――?

そこまで考えて、頭の中が急速に目覚め始める。

そして、急速に俺は色々と思い出し始めた。

フェイトのこと、なのはのこと――――そして、光のこと。

 

「……うぅん」

 

ふといきなり声が聞こえた、その声につられて横を見るとなのはがいた。

――――いかんな、なのはの気配を感じられないほどに消耗しているのか。

手を開いたり閉じたりして、体調を確かめる、ぎこちなくではあるがとりあえず動くのに多少支障は出るがそこまで問題になるほどではなかった。

だから、とりあえず光に話を聞く事にした。

 

「……光」

「! 恭也兄様、起きたのか!?」

 

俺の呼びかけの声が聞こえたのだろうに、光は慌てて駆け寄ってきた。

体を動かすと、僅かに鈍い痛みが走るが、何とか動くようだ。

光は、俺のその様子を見て、少しだけ安堵した。

 

「良かった……兄様……本当に良かった……!」

「……すまない」

 

体に走る痛みに苦戦しながらも、光に言葉を返した。

光は、俺の言葉を受けるとこっちをじっと見てきた。

目には僅かに涙が溜まっていて、その瞳には少しだけ……怒りが合った。

 

「兄様……私が、もう少し早ければ……」

「よせ、光。 もしも、はない。 それは――――かつて学んだだろう?」

「……でもっ!」

 

第一、それを言うのならば、俺がこういう事態に巻き込まれた時点で連絡を入れるべきだったのだ。 最も、この事態に遭遇したときには、ここまで大きなことになるとは思ってもいなかったが。

このままでは、光も俺も堂々めぐりを繰り返してしまうという事は、経験上良くわかっていた。 だからこそ、ここで俺も光も黙り込んでしまう。

ならば――――

 

「光、結局どうなったんだ?」

 

話題を変える事にした。

 

「え、あ、うん。 さっきのあの女の子は――――撤退したよ」

「――――撃退、ではなく撤退、か……」

 

光の言葉をかみ締める。 実質的な、こちらの敗北である。

フェイトというイレギュラーがあって、力をかなり消費していたとはいえ、あの体たらくはいけない……

かなり平和ボケでもしてしまったのだろう。

これは、鍛錬をし直さないといけないな。

む……そう言えば。

 

「フェイト達は無事か?」

「それは――――」

「……あぁ、あんたのおかげで無事だよ、恭也」

 

返ってきた声は、光のいるところよりも後方だった。

光の後ろに目をやると、そこには苦笑気味な表情のアルフがフェイトを寄りかからせていた。

気配があったのでさほど心配はしていかったが、先ほどの戦闘後、何かあったかもしれないから一応聞いておいたのだ。

光の後ろで、アルフは微笑んだ。

 

「……ありがとう、恭也。 おかげで助かったよ、本当に……」

「――――ああ、礼はいい。 フェイトは俺にとっても友人だからな、助けるのは当たり前だろう?」

 

俺の言葉を受けたアルフは驚いたような表情をした。

だが、その顔はすぐに満面の笑みに変化した。

――――そう、これだ。 俺は、この瞬間が好きだ。

誰かがこうやって、笑顔になる瞬間がとっても好きだ。

 

「兄様、さっきの話なんだけど……」

「む?」

「実は、あの子について気になる事があるんだ」

 

唐突に、光が話を元に戻す。

――――光が、こういう話の切り替え方をするのは珍しい、つまり、よっぽど気になっている事なのだろう。

俺とアルフは、一瞬顔を見合わせると、眠っている二人の少女を起こさないようにしながら、話を聞く体勢を整えた。

その様子を見て、光は言葉をつむいだ。

 

「実は――――あの子――――ノヴァは、私の事を知っているみたいなんだ」

「――――ええ!?」

「……どういうことなんだ?」

 

アルフの驚きの声を聞きながらも、俺は内心の動揺を隠して思考をして行く。

思えば、あの少女は俺の事を不自然なまでに知っていた。 特に、この世界の人間にとっては理解できないであろう、異世界セフィーロにまでその知識は及んでいた。

それは――――ひどく奇妙な事であった。

 

「ノヴァが言っていたんだ、‘やっと会えたね’って」

「……やっと、だと?」

「うん……」

 

俺の言葉にコクリと頷く。

‘やっと会えたね’、か……つまり、光をここにつれてこさせる事が目的だったという事か?

いや、目的の一つだったのか?

アルフもまた、その言葉を聞き、思考しているようだ。

 

「……そーいえば、あのノヴァって子もあんたと全く同じ魔法を使ってたね。 この世界では結構、普及している魔法なのか?」

「…………それは」

「いや、違う――――むしろ、使える人間は私しかいないはずなんだ」

 

俺のその言葉をさえぎって、光は答えた。

光の言葉のように、この世界――――いや、セフィーロにおいてもあの魔法を使えるのは、魔法騎士の一人である獅堂光だけだ。

それは、俺も疑問に思っていた事だった。

俺も、光ると同じ魔法を使えるが、俺の属性に染め上げられているため、炎の矢は赤い炎ではなく、黒い炎が出る、あの魔法は正真正銘光のみの魔法だ。

だからこそ、あのノヴァという少女の異常性が目立つ。

 

「さて、と……」

 

ここまで考えたところで思考を打ち切る。

とりあえず、もう一つ急務でやらなければいけないことがある。

 

「とりあえず、自宅に戻るぞ。 かーさん達も心配しているだろうしな」

「だけど、あんた、その格好じゃまずいんじゃないか?」

「ん? ああ、これか……」

 

俺は、甲冑を腕のマジックアームに格納する。

その瞬間、服装は一瞬で元に戻る。

傷は残っているが、俺の服の丈の長さのおかげでほとんど隠れていた。

睡眠をとり、魔力で積極的に傷を治しているせいか、体のだるさを感じてもとりあえず、なんとか支障がない程度には動けるようになっていた。

 

「じゃあ、あたしらも戻るとするか……」

「それなんだがアルフ。 今回の一件を踏まえてのことなんだが……一時的に家に来ないか?」

「……えええ!?」

 

一応、理由を説明すれば、フェイトが気絶しているし、何よりもやはり、いつあの少女の襲撃があるかわらかないのだ。

さすがに、今回の一件もあり、今すぐに彼女達を単独で行動させるというのは気が引ける。

見たところ、光と俺以外ではあの少女に対抗できるか怪しい。

それに、だ。 あの少女ノヴァという少女の言動から考えて、まだノヴァと同等かそれ以上の存在がバックにいる可能性が高い。

 

「けど、フェイトがなんていうか……」

「……私なら構わないよ、アルフ」

「フェイト!? 起きたのかい!?」

 

アルフの言葉を遮って放たれた言葉に、アルフは自分の腕の中の少女を見た。

フェイトは、アルフの腕の中から抜けるとありがとうと感謝の言葉を彼女に言い、立ち上がった。

 

「大丈夫か?」

「……はい、私は大丈夫です。 ご迷惑をおかけしました、恭也さん……それに、獅堂 光、さん」

「いや……ん? 光のことを知っているのか?」

 

光の方へと視線を移すが、光は頭を振った。

――――どうやら、光は彼女の事を知らないらしい。

その様子に、こちらの様子を悟ったのか、フェイトは少しだけあせったような表情を見せた。

 

「あの、実は、先程私が操られている時に……多分、ですけど。 光さんの記憶を見たんです」

「……私、の?」

「はい」

 

フェイトが俺達の言葉を受けて、操られている時に見た光景を俺達に説明する。

――――それは驚くべき事に、全くもって正確に俺達がしてきた旅をそのままであった。

しかも、光しか知らないような事も多々説明の中には入っていた。 何せ、おれ自身も全く知らないような事もあるが、光の様子を見ている限り、それは間違えなく光が体験したことのようだからだ。

しかし、それを聞けば当然疑問に思う事が出てくる。

それは、何故光の記憶なのか、という事だ。

フェイトにも尋ねてみるが、彼女は頭を振り、理由は分かりません、と、答えた。

 

「とにもかくにも、問題は山積みという事、か」

 

なのはを自分の腕の中に抱き上げると、俺は立ち上がった。

それと同時に、光は火を消しにかかる。

全員の準備が終わり、俺達は頷きあうと自宅へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、俺は知らない。

 

<span style=font-size:x-small>「おに……−ちゃ……ん」</span>

 

一人の少女中で、闇が胎動し始めている事に。

――――それが、後々に大きな後悔となってしまうことに……

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