私には何も無かった。

家族も、友達も、何も――――

ある日、いつものように病院に通っていると、一人のお兄さん綺麗な姿勢で椅子に座って居た。

えらいカッコイイ人やなー、と漠然と思ってみていた。

端正な顔立ちもそうなんやけど、それだけじゃなくて染み出る、こう、なんていうか雰囲気? 見たいな物が、他の人と違って一線を越えている、っていうか……

ともかく、私はその人――――後に、知ることになる、高町恭也にぃさん――――との、初めての出会いと印象はそれだった。

それから、なんとなく気になって(暇だったから、というのもある)定期健診の時には時間を合わせてみたりもした。

この時は、そこまで強いインパクトを持ってなかった。

――――そう、あの時の事件が起こるまでは。

ある日、私が何時ものように定期健診に来ていると、変な人達がきょろきょろとしていた。

私は疑問に思ったけど、余り気にしないことにした。

けど――――

 

「オラァ!!!」

 

いきなりの大声に、院内に居た人間は窓口の方へと視線を向けた。

勿論、私もそうだった。

その大声を出した人は、窓口を蹴り飛ばすと、ナイフと拳銃を取り出し、受付の人に向けた。

 

「この鞄に、金を詰め……!」

 

ろ、とかなんとか言おうとしたんだと思う。

けど、いい終わろうとした瞬間には、男は既に意識を失っていた。

その後ろに居たのは――――

 

「――――今日ここに、俺が居たことは貴様の不運だ」

 

そう言ったのは、高町恭也さん(呼ばれる時の名前で分かった)だった。 恭にぃは懐から、糸みたいなもの(後に鋼糸というものだと判明)を取り出すと男を縛った。

呆然と周りが見ている中、冷静に対処していく恭にぃに私は、更なる興味を抱いた。

思えばこれが、高町恭也さんこと恭にぃと仲良くなるきっかけの一つだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅん……」

夢の中でそこまで回想して、私は瞳を開けた。

それにしても懐かしい夢見たなー。

目を開けてみると、辺りは真っ暗で、まだ夜なのかな? と、漠然と考えた。

思わず目をこすり、あくびをしてしまう。

ゴシゴシと目をこすると、少しずつ意識が覚醒する。

 

「……あれ? 私、確かベッドに寝ていたんよね?」

 

少しずつ、意識がはっきりとしていくごとに疑問は膨らむ。

……? あれ、そういえば私。

 

「……!? 立ってる! 私、立ってる!!」

 

思わず、大地を踏む感触を確かめる。

え? え? ええええええ!?!?

混乱する頭の中、私の耳に、あの人の声が届く。

 

「はやて……」

「きょ、恭にぃ! 私、立って――――!」

 

そこまで言った時だった。

――――恭、にぃ?

私の中で、更に疑問が浮上する。 私が立っていて、恭にぃが居る。 そして、ベッドで横になってるはずの、私が立ってこんなところに居た……どう考えてもおかしい、おかしすぎる。

これを纏めるとしたら……

 

「なぁんだ、夢かぁ……」

「……あー、そうだな、多分これは夢だ」

 

そうやよね、それだからこんな回りも真っ暗何やし、とはいえ……ちょぉっと、いや、かなりがっかりや……

落ち込む私に、恭にぃは頭をポンポンと撫でてくれる。

 

「あー、余り気にするな、これは夢なんだから」

「うー、夢かー……」

 

辺りを見回すが、こんなところが現実的にあるわけもなく、夢というのはあっさりと納得する。

 

「ともかくはやて、ここを脱出するぞ」

「あ、そういう設定なんや」

 

あれ? 夢なんよね、これ?

じゃあ……

 

「恭にぃ」

「ん? なんだ?」

 

それじゃあ、ちょっとわがまま言ってええかな?

 

「えっと……抱きかかえてもろて、ええ?」

 

以前、なのはちゃんが抱きかかえられているのがえらい嬉しそうだったのを思い出して、私は頼んでみる。

恭也さんは、一瞬考え。

 

「……あぁ、分かった」

 

そう言うと、私を抱えてくれた。

恭にぃに抱き上げられた私の体は、恭にぃの体温を直に感じて、なんとも言えない気持ちが湧き上がってくる。

自然と顔が赤くなってしまうけど、夢だし気にしないでおこう。

恭にぃは、私を抱きかかえると、風のような速さで走り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここには、入るところと出るところの基点となる場所があるはず……!)

 

はやてが眠りから覚めたことで、あたりに漂っていた瘴気のようなものは消えた。

これで眠っていた人達も元に戻るだろう。

後は、ここから脱出するだけである。

とはいえ、それが一番苦労する作業なわけだが……

 

「えへへへ……恭にぃの体、あったかい」

「む……」

 

はやては、何時ものようなどこか大人びた表情ではなく、年齢相応の表情でそういった、が、少々俺としては恥ずかしい。

――――と、集中しなければ。

 

「そういえば、恭にぃ、格好がいつもと違うね」

「む、ああ……俺は、そうだな――――魔法使いなんだ」

「あはははは……恭にぃは魔法剣士さんなんやね♪」

 

楽しそうに笑うはやてを見て、俺もまた少しだけ表情が綻ぶ。

――――パチッ

だがその時、俺の耳に小さな音が届いた――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 


耳に届いた音は、異質な音だった。

その頻度は、少しずつ上がってきていた。

パチパチと響いている音――――これはもしかして、電気の音か?

微妙に様子の変わった俺に気付いたのか、はやては不可思議そうな顔をして俺を見つめた。

 

「どうしたんですか?」

「ああ、音が聞こえないか? パチパチって」

「えっ?……あっ、聞こえます」

 

パチパチパチパチと、先程から断続的に響いてくる音は、少しずつ勢いを増していた。

これは一体どういうことだ……?

俺は、頭の中で今ある可能性を考える。

―――ーそして、その中で最も可能性が高い物を思いつく。

 

「久遠か!」

「へ? 久遠ちゃんも居るんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


視点:――――

 

 

恭也が吸い込まれてから、久遠は落ち着かない様子でうろうろとあたりを見回したり、うろうろしていた。

目の前にあるのは強力な障壁で、久遠の肌で感じるその力は今の状態の久遠では破れるか怪しい。

そして何よりも、そちらに力を入れてしまうと久遠自身もまた眠りに巻き込まれる可能性を、久遠は無意識に理解していた。

 

「くぅん……」

 

困った表情で、久遠は辺りを見回す。

無駄な力を使うわけにも行かず、彼女自身どうすればいいのか分からないのだ。

しかし――――

 

(きょうや……)

 

久遠にとって、恭也は自分を助けてくれた大切な人だ。

その思いが心に浮かんだ時、久遠は覚悟を決める。 今はともかく試してみるしかないと。

久遠が手に力をためようとしたとき、彼女の直感に何かが引っ掛かった。

後ろドアから、バタバタと音がする。 久遠自身もこの気配には覚えがあった。

 

「くーちゃん!」

「なのは!」

 

病院を覆っている、魔力を感じて慌ててここに来たのだろう。

ユーノもまた後ろから走ってきた。

 

「くーちゃん、おにーちゃんは!?」

「きょうや、はやてのまえのくろいのにのみこまれた!」

「えええええ?!」

 

そう言ってみてみると、確かにはやての前には黒い何かが存在している。

だが、はやての黒いそれに驚愕したのはなのはだけではなかった。

 

「な、なんて魔力なんだ……! あんなのなのはの魔法じゃ破れないし破壊も出来ない……!」

 

ユーノは正確に目の前にある障壁の強靭さを見抜いていた。

そもそも、恭也の放ったランク付けすればSランククラスの魔法剣は桁違いとして、AAクラスの魔法使いでも破れるか怪しいのだ。

それに……

 

「あの子の魔力……なのかな?」

「え、ええええ!? はやてちゃんにも魔力があるの!?」

 

ユーノの言葉に、なのははまた声を上げる。 久遠は近場で聞いてしまったせいか、耳を押さえている。

――――そして

 

「で、でも……とにかくどうにかしないと!」

「う、うん……おにーちゃんを助けないと! レイジングハートお願い!」

[ALL RIGHT]

 

なのはは、レイジングハートを構え魔力を溜めようとするが――――ふと、気付く。

 

「え、え〜と、ユーノくん非常に聞きにくいのですが……」

「何? なのは」

「仮にバリアが破れたら、もしかしなくても、はやてちゃんに当たる、よね?」

「………………あっ」

 

――――ヒューと冷たい風が吹いた。

って言うか、なぜこんなことに気付かないのだろうか?

全員が沈黙している時、突然久遠の耳がピクピクと動いた。

 

「なのは!」

「どうしたの、くーちゃん? あっ!?」

「なのは、久――――遠!?」

 

久遠のその言葉に、2人とも気付いた。

覆っている魔力が、急速に沈んだのだ!

咄嗟に久遠は、雷を出すと雷を障壁に当て始める!

 

「くーちゃん!?」

「なのは! 今なら多分バリア弱ってる! それに、魔力が弱って気付いたけどあの目の前に展開しているのは多分ジュエルシードの力だ!」

「ええええええ?!」

 

なのはは三度目の驚愕の声を上げた。

だが、それなら――――

 

「全力でやっても……?」

「多分、障壁だけ何とかできると思う! 信じて! レイジングハートを!」

「うん!」

 

流石に魔力の中心点である、黒い塊を打ち抜くことは出来ないだろうが、弱った障壁なら何とかなるということだろう。

なのは、改めてレイジングハートを構えなおすと―――ー

 

「行くよ! レイジングハート!!」

[ALL RIGHT]

 

なのはの言葉に答え、魔力が集まりだす。

辺りにある瘴気は晴れ、闇が少しずつ解けていく。

そして、なのはの中にある助けたい、という感情が新たな魔法を呼び起こす!

 

「アクセルシューター!!」

 

なのはの言葉と共に、複数の弾丸が放たれた――――

 

 

 

 

 

 

 

 


パチパチという音は、時間が経つと共に大きくなっていく。

はやてがおきた事と、破壊した制御装置のようなものがなくなったせいか安定性を失っているのだろう。

外界からの攻撃も、おそらく先程まであったバリアが消えかけているせいだろう。

――――出るのなら、今がチャンス、か?

はやてを抱えたまま、俺はそう思案する。

 

「恭にぃ? どうしたん?」

「ん、ああ……はやて、すまないが少し離れてもらえるか?」

「ん、ええよ?」

 

首に回していた腕を、解きはやては地面(?)に立った。

俺個人としても、これが現実空間なら感動しただろうが……

 

「さて……」

 

今は、そんなことを考えている暇ではなかった。

体にある魔力を右腕に集める。

おそらく、この空間はかなり不安定なはずだ、だが、簡単に破壊されるほどやわなものでもないのだろう。

なら――――

 

「内部と外部に、同時に衝撃を与える……!」


それも、おそらくこの空間と現実空間を繋げている場所は一瞬だけしか開かないのだろう……おそらくだが、出るのに失敗すれば空間は直ぐに閉じる。

俺一人なら、黒い稲妻の一撃で吹き飛ばし神速で離脱という手もあるが……はやてがいる、ならば取る方法は一つ。

 

「はやて、俺の背中に乗ってくれ。 振り落とされないようにしっかりと、な」

「う、うん」

 

少し赤くなるはやて、風邪か?

御神流の中でも、独特の構え――――入る時にも放った技、射抜の構えを取る。

速度の重視――――ならば。

 

「風よ! 黒の――――疾風!!」

 

纏わりつくのは風の力、これで場合によってはこちらにまで及ぶ可能性のある外からの攻撃も、ある程度遮断できる……!

 

「ふっ!」

 

加速! 一気に最高速になると雷光の如き一撃を放つ!

――――その時、同時に向こうでも爆発が起こる。

奇しくもそれは、俺となのはの兄妹が同時に技を放った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

ズドォォォォォォォォン!!!

 

重なった力の本流は、辺りに爆風を起こしながら破壊を撒き散らす。

だが、辺りに被害が出ていないことからもおそらくここすらも別空間なのだろう。

黒い塊を突破した俺の目の前には、なのはが居た。

なのは、一瞬ぱちくりと目を瞬かせるが、俺の姿をきちんと確認すると……

 

「おにーちゃん!!」

「おっと」

 

思いっきり飛びついてきた。

少しだけ慌ててなのはを抱きとめる。

 

「きょうや!!」

「恭也さん、大丈夫ですか!?」

「ああ……ユーノも久遠も、心配かけた」

 

なのはと同じように飛びついてきた久遠を、抱きとめた状態で俺は言葉を返した。

辺りの空間は、完全にもとの空間に戻ったようで。 夜の静寂の中に少しずつだが、人々の活気が戻って来ている。

ふと、はやてのほうを向くと黒い空間がいきなり消失し、それは青い宝石へと変化した。

 

「なのは」

「……あ、う、うん!」

 

名残惜しそうだが、なのはは俺から離れると杖を構えた。 そういえば、あの杖の名前を俺は知らないな。

 

「レイジングハート! シーリングモード!」

[Seeling]


レイジングハートというのか、なのはとも相性は良さそうだな。

俺は、なのはが武器を手に取ることに少しだけ苦い気分を覚えながらも、同時に頼れる相棒を手に入れたことを少しだけ祝福する。

やがて、ジュエルシードは封印され杖の先端の宝玉へと吸い込まれた。

あたりを完全な静寂が包む。

ほぅ、と溜め息を吐いたなのはふと気付いたように俺の方へと向きながら聞く。

 

「あ、そういえばおにーちゃん」

「ん?」

「今日はどうしてここに居たの?」

「ああそれは……」

 

――――そこで思い出す。

もし、これが魔力による催眠ならば、魔力がきれた今、フィリス先生が起きている可能性がかなり大きい。

僅かに焦る。

 

「む……むぅ、なのは、久遠、ユーノ急ぐぞ」

「え、え、ええええ!?」

「きょうや?」

「ちょっ、きょ、恭也さん!?」

 

俺は三人をガシッと掴むと。

慌ててフィリス先生の元へと急いだ。

――――案の定、フィリス先生は、いなくなった俺に非常にご立腹だった。

 

 

 

 

 

 

翌朝、フィリス先生と別れた俺は、昨日の事を考えて居た。

昨日であった少女……あの少女は明らかに、この世界のものではない。

――――何者なのだろうか。

そして、あの少女から感じた力はかなり強大なものだ。

俺一人では、守りきるのには厳しいくらいに。

 

「余り、使いたくない手ではあったんだがな……」


俺は携帯を取り出し、電話帳を開ける。

中から出てきたその名前は――――

 

 


――――獅堂 光

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