「恭也、出かけます、準備してください」
「いきなり現れたと思ったら、どういうことだ?」
唐突に現れた知り合いの魔王――――ウィザードである俺の知り合いの魔王というのもおかしいが――――リオン=グンタは、これまた唐突にそんなことを言い出した。
リオンにしては本当に珍しく興奮気味で、いつもの寡黙な様子とは違い、どことなく興奮しているように見える。
……まぁ、リオンがここまで感情を露わにする出来事って言うのはそう多くない。 これは、多分……
「今この海鳴で、幻の汽車といわれている気動車が来ているんです、さぁ、行きましょう、すぐ行きましょう、早く準備してください恭也」
「……いや、まぁ、構わないが……」
本当に興奮気味である、というかリオン、キャラ違わないか?
俺は溜め息を一つ吐くと、自分の部屋に戻り財布と上着を取り、靴を履いて外に出かける準備をする。
リオンは待ちきれないのか、いつもは両手で持っている本を片手で持ち、俺の手を握ると……
「さあ、行きますよ、恭也」
「ああ、分かった……って、待て! 飛ぶのまずい! 一般人に見られたらどうする気だ!?」
……先が思いやられる。
で、とりあえず来てみたんだが……
「……………」
パシャパシャパシャ。
「……………」
「……………」
パシャパシャパシャ。
「……………」
「……………」
パシャパシャパシャ。
……リオンは、無言でカメラを構えていた。
角度を変えたり、アングルを変更したりと、真剣に気動車とやらを撮っていた。
まぁ、俺がここでやることはないわけで……そうなると、自然と写真を撮っているリオンに目が行くことになる。
艶やかな長い黒髪、均整の取れたプロポーションに整った顔立ち……なのだが……
しばらく、ボーとリオンを眺める。
「……どうしました、恭也?」
「――――ん、いや、なんでもない。 それより、もう良いのか?」
「ええ、堪能しました」
ほうっ……と、頬を染めうっとりとする姿はどこか艶かしい。
しばらくそうやって、悦に入っていたが直ぐに自分を取り戻すとリオンはこちらを向いた。
「……それでは、他を回りましょうか」
「ああ、そうするか」
そう言った瞬間、リオンは無意識にだが口元を少しだけ歪めた――――が、それは自分でも気付かず俺自身も扉に向かうため後ろを向いた為分からなかった。
リオンは、そのまま俺に近寄ると俺の腕を胸の中に抱きこむように抱きついてきた。
流石に、その行動には俺も焦る。
「り、リオン?」
「……さぁ、行きましょう。 次は、あっちの方です」
リオンは前を向いていた為俺にはその表情は分からなかったが、横からひそかに見えた白い筈の頬はうっすらと赤く染まっていた用に見えた。
そして、館内を見終わった後、俺とリオンは二人で公園のベンチに座っていた。
時刻は夕暮れ頃らしく、陽は朱色へと変化していた。
――――しかし、リオンは不思議と俺の腕を放そうとしなかった。
館内を見回っているときでも、そして、今現在ですら彼女の体が密着したままだ。
最初こそ、照れと戸惑いがあったが途中から達観と諦めに変わった……まぁ、慣れたとも言う。
……ごめんなさい、嘘です。 服の上からでは分からなかったボリュームには慣れてません……
と、ともあれ……いい加減、館内を出たのだから離れてもらおうと、俺は口を開く。
「なぁ、リオン……いい加減見終わったんだから、離れて――――?」
「……恭也、それよりも、聞きたいことがあるんですけど」
「ん?」
リオンは俺の言葉をさえぎり、唐突にそう言った。
俺は言葉を中断し、彼女の方へと耳を傾けた。
――――今、なんとなくだが、遠まわしに腕を放すのを拒否された気もするが……
リオンは、少し意地の悪い表情をすると、ほぼ密着だったのを完全に密着させて言う。
「私の胸、気持ちよかったですか?」
「……………………………はっ?」
一瞬、自分が何を言われたのか気付かなかった。
その俺の様子が可笑しかったのか、くすくすとリオンは忍び笑いをした。
―――― 一瞬、冗談を言われたのかと思ったがリオンの瞳は答えを求めていた。
ぐっ……なんと、答えろと?
「いや、それは……だ」
「……ふふふ、今も触れてるでしょう?」
「ぐっ……いや、だから……」
「……恭也」
リオンの薄青いその瞳が俺に答えを求める。
――――ぐっ、そんなこと答えられるわけないじゃないか。
しどろもどろになる俺を、リオンは満足そうに見ると今度はその頭をこつんと俺の肩に乗せてきた。
彼女の、柔らかく艶やかな漆黒の髪が俺に触れた。
「……リオン?」
「恭也……今日は、楽しかったですか?」
「……ああ、そうだな」
俺は今日一日を振り返る。
正直に言えば、リオンに振り回される一日だったが……楽しくはあった。
だから俺は頷く。
「ああ、楽しかった。 リオンはどうなんだ?」
「もちろん楽しかったですよ、汽車も見れましたし……恭也と、一緒に回れたから」
「む……」
リオンは自覚しているのか、自覚してないないのか時たま素直に自分の想いを口にして、俺を戸惑わせる。
それは、彼女が以外と人とのコミュニケーションをとらない事に起因するのか……
リオンの余りにもストレートな物言いに、俺は思わず口をつぐんだ。
「ふふ……照れてるんですか?」
「……悪かったな」
少しだけ憮然とした表情を俺はリオンに見せた。
リオンは柔らかく微笑むと、不意に立ち上がった。
絡まっていた腕は離れ、彼女は俺の前に立ち微笑む。
「恭也、ありがとうございます。 今日は楽しかったです」
リオンにしては珍しく、弾むような声だった。
わりと長い付き合いになるが、彼女がこういう声を出すのはめずらし……今日は、珍しいことばかりだな。
俺はリオンを見つめると、彼女もまた俺を見つめ返した。
「……恭也、今日付き合ってくれたお礼、受け取ってもらえますか?」
「ん?……いや、別に気にする――――」
――――必要はない、と言おうとした瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
何かと理解したときには、彼女は身を翻しそして黄昏色に染まる世界に消えていった……
「………………」
*おまけ
「おにーちゃん」
「なんだ、な……の、は?」
白い聖祥の服を改造したような服に身を包み込んだなのはが、なぜかそこには居た。
にこやかな笑顔なのだが、俺にはわかる……あの目には殺意が宿っていると。
「おにーちゃんに単刀直入に聞きたいことがあります、拒否権は認めないの」
「……な、なんだ?」
漏れ出る殺気にびびりながらも、俺はなんとか言葉を搾り出した。
なのはは魔法の杖のようなものでコンコンと地面をたたくと、その微笑みと殺気を一層深く強めて俺に言葉を放つ。
「今日の夕方――――どこで、なにをしてたのかな、かな?」
「ゆう――――がた……」
まさか……見られていたのか?
冷や汗が出る。 なのはは(当たり前だが)恋人というわけではない。 だが、今のなのはにそれを言っても通じるかどうか……
俺は、平常心を必死に取り戻すよう心の中で念じながらなんでもないように取り付くって言葉を返した。
「……鉄道を見に行っ――――」
「なのはが聞いているのはその後のことなの」
――――おーまいごっと……
「い、いや、だからそのままその場に……」
「嘘だッ!!!!」
びくりと思わず、体をはねさせる。
なのははどんよりと曇った瞳で俺のほうを見据え、その魔法の杖のようなものを俺に向ける。
「おにーちゃん……なんでそんな嘘を言うのかな……かな?」
「な、なのは……」
「知ってるんだよ……リオンさんと一緒に居たの……なのはにはおにーちゃんが何をしているのか、ぜーんぶ分かるんだよ……?」
杖の前に桃色の魔力光が集まる。
――――な、なのはもウィザードなのか!?
「だからね……おにーちゃん、おとなしくSLBを受けてね!!!」
「ま、待て! なのは!! ここではとらハ設定だぞ!? リリカルじゃないんだぞ!?」
「そんなこと知らないの! レイジングハートォ!!!」
そして――――俺の部屋から高町家の一部はなのはの一撃によって消滅した……