――――夜。
ティアナはフラフラとする頭を上げながらベッドから体を起こした。
電気などはついておらず、そこは彼女にとっては見慣れない場所だった。
基本的に、起き抜けはそんなに悪くない彼女にとっては珍しく、頭を揺り動かしながら漠然とする頭で考える。
(ここ――――どこだっけ……?)
女の子座りをしながら、ティアナはぼーと考える。
彼女が普段使っているベッドよりも、幾分か上等なそのベッドも彼女の思考を妨げる要因になっていた。
しかしそれだけで、本来ここまで思考を奪われるような少女ではない。 とどのつまり、彼女の体にはそれだけの負担がかかっていたのだ。
ふと、ティアナは部屋に漂っている優しく甘い香りに気付く。 それは、ティアナの寝ていたベッドの向こう側、デスクの上に彼女の財布と共に置いてあった。
「クッキーと……お茶?」
本来優しい匂いを発しているであろうそれは、残り香になっていたが、それでも元から充満していたハーブティーの匂いが部屋に残ったのであろう。 それはきっと、いや、間違えなくティアナの眠りを深くし柔らかく包んでくれていたのだ。
ティアナは近づき、お茶に口をつけてみる。
冷めている分味は格段と落ちていたが、それは淹れた人の思いやりか何か、ティアナの胸を優しく包んだ。 口をつけたクッキーも、市販品では有り得ない味がした。
ただティアナには、このクッキーに対する評価をうまくできない。 彼女はただのしがない局員、真っ当な料理の評価ができるわけではなかった。
――――だから、一言だけ彼女はポツリと囁くように言った。
思いを込めて、この優しい味の評価を――――
「……おいしい」
そう、ただ一言だけ。
SIDE:恭也
「……む?」
ナカジマ宅に戻ると、気配がリビングにあることに気がついた。
ここに現在居る人物は俺を除けば一人しか居ないので、それが誰なのかは容易に想像がついた。
(――――起きたのか)
ティアナ=ランスターさん、スバル=ナカジマさんの親友である少女だった。
その様子を確かめるべく、俺はリビングのほうへと向かっていく。
――――まぁ、買ってきたものも冷蔵庫に入れなくてはいけないし。
やはりというかなんと言うか、ランスターさんはリビングに居た。
扉を開ける音が聞こえたのだろう、ランスターさんはこちらを振り向いた。
「あ、高町さん、お帰りなさい」
「ただいまランスターさん。 体調は大丈夫ですか?」
俺の言葉を受けたランスターさんは、少しだけ申し訳なさそうな顔をした。
「はい……ご迷惑をお掛けしたみたいで、すみません」
「いえ、気になさらずに、俺は対したことはしていないので」
ランスターさんの言葉にそう返しながら、俺はリビングに続いているキッチンの中に入り、冷蔵庫の中に買ってきた食材を入れていく。
その途中、ふと思い出したようにランスターさんは俺に話しかけてきた。
「あの、高町さん」
「なんですか?」
言葉を投げかけられた俺は、冷蔵庫へと向けていた顔をランスターさんのほうへと向けた。
ランスターさんは、「続けながら出かまいませんので……」と、俺に対して断ってから言葉を続けた。
「その……紅茶とクッキー、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそお休みのところ押しかけて申し訳ない。 本来なら、後でもよかったのですが……その、財布を落とされていたので」
「あ……! そうだったんですか!?」
ランスターさんはその言葉を聞いて、合点がいったと言う風に言う。
おそらくではあるが、置いた覚えのない財布が机の上に置いてあったのに、疑問を持っていたのだろう。
俺の言葉を受けてかランスターさんは、俺の方へと向くとぺこりと頭を下げた。
「その、お手数をお掛けしてすみません……」
「気にしなくて良いですよ? 別段手間でもなかったですし」
「いえ、ですけど……」
ランスターさんはなぜか非常に申し訳なさそうな雰囲気でそう答える。
ふむ――――どうするかな。
この手の子は、割と頑固だということは良くわかっている。 ならば――――
俺は余り慣れてはいないが、極力見せられるような笑顔でランスターさんに言った。
「でしたら、今夜のメニューを一緒に考えてもらえますか? 実は、決まってないんですよ」
「あ、あの、でしたら手伝います!」
その申し出に俺は一瞬驚くが、笑みを浮かべ答えた。
「でしたら、お願いします」
「は、はい!」